マッカーサーの初期の立場:封じ込め政策への支持
ダグラス・マッカーサー元帥は、当初こそ朝鮮における封じ込め政策を支持していました。東アジアにおける共産主義の拡大を防ぐためには、この政策が不可欠であると考えていたためです。
朝鮮戦争の進展と高まる不満
しかし、朝鮮戦争が長期化するにつれ、マッカーサーはハリー・トルーマン大統領や統合参謀本部から課された指揮上の制限に対して、次第に強い不満を抱くようになりました。彼は勝利を確実なものにするためには、より攻撃的な戦略を追求すべきだと主張するようになったのです。その具体策として挙げられたのが、38度線を越えて北朝鮮へ進軍することでした。
トルーマン政権との決定的な対立
これに対し、トルーマン大統領と統合参謀本部は一貫して反対の立場を貫きました。北朝鮮への越境作戦は、中国との全面戦争へと拡大する危険性があると懸念されたためです。朝鮮戦争の遂行方針をめぐるマッカーサーとトルーマン政権の対立は深刻化の一途をたどり、ついに1951年4月、マッカーサーは司令官の職を解任されることとなりました。
まとめ
マッカーサーは封じ込め政策そのものに反対していたわけではなく、戦争の進展とともに「制限された戦争」の枠組みに不満を持ち、より積極的な勝利を目指す戦略を求めたことが、政権との衝突そして解任につながったのです。