13歳で迎えた即位
ムガル帝国第三代皇帝アクバルは、父フマーユーンの死後、わずか13歳という若さで帝位に就きました。しかし、その即位までの道のりは決して平坦なものではありませんでした。
亡命の中で生まれた皇子
1540年、父フマーユーンはアフガン人の武将シェール・シャー・スーリーとの戦いに敗れ、ペルシャ(サファヴィー朝)へと亡命を余儀なくされました。アクバルはその亡命中の1542年、現在のパキスタン領シンド地方で生まれました。幼少期は叔父アスカリーの庇護のもとで育てられたといわれています。
インド奪還への道
1555年、フマーユーンはついにインドへの帰還を果たします。アクバルもこの遠征に同行し、父がアフガン勢力を破って失地を回復する過程において重要な役割を担いました。この経験は、後に偉大な君主となる彼にとって貴重な軍事的・政治的な修練となりました。
若き皇帝の戴冠
1556年1月、フマーユーンが急逝すると、アクバルは北インドのカルナーウル(現ハリヤーナー州)にて正式に皇帝として戴冠しました。こうして少年皇帝アクバルは、後に「大帝」と称される栄光の治世へと歩み出すことになったのです。