アジアの歴史

アメリカが日本に原爆を投下したのはいつ?長崎・広島への投下と日本の降伏までの経緯

1945年8月9日、長崎に原爆「ファットマン」が投下された

アメリカが日本に対して原子爆弾を投下した日付として特に知られているのが、1945年8月9日です。この日の午前11時2分、アメリカ軍はコードネーム「ファットマン(Fat Man)」と呼ばれる原爆を、長崎市上空で投下しました。

ファットマンはプルトニウム型の原子爆弾で、B-29爆撃機「ボックスカー」から投下されました。爆発により長崎市は壊滅的な被害を受け、多くの市民が命を落としました。

広島への原爆投下はその3日前

実は、アメリカによる最初の原爆投下は、この3日前の1945年8月6日に行われています。この日午前8時15分、ウラン型原爆「リトルボーイ(Little Boy)」が広島市に投下されました。

つまり、アメリカはわずか3日の間に、広島と長崎という2つの都市へ原爆を投下したことになります。

原爆投下から日本の降伏まで

2度にわたる原爆投下とソ連対日参戦を受け、日本政府はポツダム宣言を受諾することを決定しました。

  • 1945年8月6日:広島に原爆「リトルボーイ」投下(午前8時15分)
  • 1945年8月9日:長崎に原爆「ファットマン」投下(午前11時2分)
  • 1945年8月15日:昭和天皇によるラジオ放送(玉音放送)で降伏を国民に告知
  • 1945年9月2日:東京湾上の戦艦ミズーリ号にて降伏文書に調印、第二次世界大戦が正式に終結

こうして、1945年8月9日の長崎への原爆投下は、日本の降伏を決定づける重大な転換点となりました。