はい、その通りです。1904年から1905年にかけて戦われた日露戦争を終結させた講和条約であるポーツマス条約(1905年9月5日調印)において、ロシア帝国は日本帝国に対し、南樺太(樺太島南部)を割譲することに同意しました。
ポーツマス条約の概要
ポーツマス条約は、当時のアメリカ合衆国大統領セオドア・ルーズベルトの仲介により、アメリカ・ニューハンプシャー州ポーツマスで締結されたものです。この条約によって日露戦争は正式に終結し、日本は主に以下の権益を獲得しました。
- ロシアによる南樺太(北緯50度以南)の日本への割譲
- 遼東半島租借権(旅順・大連)の譲渡
- 東清鉄道の支線(後の南満洲鉄道)の譲渡
- 朝鮮半島における日本の指導的地位の承認
樺太をめぐる歴史的背景
樺太(サハリン)はもともと日露両国の民が混在して暮らす地域でした。1875年に締結された樺太・千島交換条約では、日本は千島列島との引き換えに樺太全島の領有権を放棄しています。しかし、日露戦争中の1905年7月、日本軍は樺太へ上陸・占領を行い、これが講和交渉における重要な切り札となりました。
講和会議では、日本側が当初樺太全島の割譲を要求したのに対し、ロシア側は領土割譲に強硬に反対し、交渉は一時決裂寸前にまで至りました。最終的な妥協として、樺太は北緯50度線で南北に分割され、南部のみが日本領となることで合意に至ったのです。
その後の南樺太
日本領となった南樺太は、豊富な森林資源や水産資源を背景に開発が進みました。しかし1945年8月、ソ連の対日参戦により南樺太はソ連軍に占領されます。1951年のサンフランシスコ平和条約で日本は南樺太に関する権利を放棄したため、現在この地域はロシア連邦の実効支配下に置かれています。