アジアの歴史

1941年12月7日、日本軍が攻撃したのは?真珠湾攻撃の全貌

1941年12月7日、日本軍が攻撃したのはハワイの真珠湾

1941年12月7日(現地時間)、日本海軍はアメリカ合衆国ハワイ準州オアフ島に位置する米海軍基地「真珠湾(Pearl Harbor)」に対して奇襲攻撃を実施しました。この攻撃は、その後の太平洋戦争の発端となった、第二次世界大戦における歴史の転換点となる出来事です。

攻撃の規模と被害状況

日本海軍は空母6隻を中核とする機動部隊を派遣し、早朝から第一波・第二波に分けて航空攻撃を行いました。この奇襲により、戦艦4隻が沈没するなど多数の艦船と航空機が損傷を受けました。特に戦艦「アリゾナ」の爆沈は壊滅的で、乗員1,100名以上が命を落としたとされています。

攻撃全体では、2,400人以上(約2,403人)のアメリカ人が死亡し、1,000人を超える負傷者が出るなど、米国史上まれに見る深刻な被害をもたらしました。

アメリカの第二次世界大戦参戦へ

翌日の12月8日、ルーズベルト大統領は連邦議会での演説において、この日を「不名誉な日(a date which will live in infamy)」と表現し、議会は対日宣戦布告を可決しました。これにより、それまで中立の立場を取っていたアメリカが第二次世界大戦に本格的に参戦することとなり、世界の戦局は大きく動くことになりました。