第二次世界大戦中、中国は連合国の一員だった
中国は第二次世界大戦中、枢軸国ではなく連合国(Allies)側に属していました。
日本との戦争と連合国への接近
中国と日本の本格的な戦争(日中戦争)は1937年に始まりました。同年8月には中国とソビエト連邦の間で不可侵条約が締結され、ソ連は中国への軍事援助を開始します。この時点で、中国はすでにファシズム勢力と闘う陣営の一員として明確な立場を示していました。
ハンプ――ヒマラヤ越えの補給線
1941年12月、中国・ソ連・アメリカ・イギリスの4カ国は、ヒマラヤ山脈を越えて中国へ軍事物資を届ける共同の空輸計画を立ち上げました。この輸送路は「ザ・ハンプ(The Hump)」と呼ばれ、ビルマ(現ミャンマー)経由の陸上補給路が断たれた後、中国を支える重要な生命線となりました。
標高の高い山岳地帯を飛行機で越える極めて危険な作戦でしたが、連合国はこの空輸ルートを通じて、中国へ武器・燃料・医薬品などの援助物資を供給し続けました。
1945年――ソ連の対日参戦と満州侵攻
1945年8月、ソ連は日本に対して宣戦布告し、満州(現在の中国東北部)へ大規模な侵攻を開始しました。この攻撃は日本の降伏を決定的に加速させ、第二次世界大戦の終結へとつながりました。
まとめ
以上のように、中国は第二次世界大戦を通じて一貫して連合国側の一国であり、枢軸国側に加わることはありませんでした。日本との長期にわたる戦いの中で、ソ連・アメリカ・イギリスといった連合国の主要国と協力関係を築き、最終的な勝利に貢献したのです。