アジアの歴史

アブドゥル・カディル・カーン博士の生涯とは?「パキスタン核開発の父」と呼ばれた男の功績と波乱の歴史

アブドゥル・カディル・カーン博士とは

アブドゥル・カディル・カーン(Abdul Qadeer Khan、1936年4月1日~2021年10月10日)は、パキスタンの核物理学者・冶金学者であり、「パキスタン核開発の父」として広く知られる人物です。彼はパキスタンの核兵器計画における中核的な研究開発機関であるカーン研究所(KRL)の創設者兼元所長を務めました。

生い立ちと学歴

カーンはインドのボパールに生まれました。1952年、インド・パキスタン分離独立の混乱の中でパキスタンへ移住します。その後、カラチ大学で物理学の学士号を取得し、さらにベルギーのルーヴァン・カトリック大学に留学して冶金学の博士号を取得しました。

パキスタンの核開発への貢献

1976年にパキスタンへ帰国したカーンは、KRLに加わり、同国の核開発計画の中心人物となります。彼の指導の下、パキスタンは1998年に初の核実験を成功させ、世界で7番目の核保有国となりました。この偉業により、カーンはパキスタン国内で国民的英雄として崇められる存在となったのです。

核拡散疑惑と軟禁生活

しかしその名声とは裏腹に、2004年、カーンはイランやリビアへの核技術の流出に関与したとして告発され、自宅軟禁下に置かれることになりました。2009年にようやく解放されましたが、正式に罪に問われることはありませんでした。

晩年とその評価

カーンはパキスタンにおいて今なお国民的英雄とみなされており、同国最高位の民間人勲章であるニシャン・エ・イムティアーズをはじめ、数多くの勲章や栄誉を受けています。一方で、その功績の陰には核拡散疑惑という大きな影も落とします。他国への核兵器技術の拡散に関与したとされることで、パキスタンの核プログラムの安全性に対する国際的な懸念が高まったことも事実です。2021年10月10日、85歳でこの世を去りましたが、その遺産は今日に至るまで賛否両論を呼び続けています。