アジアの歴史

日本軍はなぜ満州に侵攻したのか?「満州事変」(1931年)の背景と影響

まず前提として確認しておきたい点があります。日本軍による満州への侵攻は1937年ではなく1931年に起こりました。この出来事は一般に「満州事変」として知られています。

満州事変とは何か

1931年9月18日、中国東北部(当時の満州)に駐留していた日本の関東軍は、南満洲鉄道の線路が爆破されるという「柳条湖事件」を引き起こしました。これは関東軍自身が仕組んだ自作自演の事件であり、これを口実として軍は瞬く間に満州全域への軍事行動を拡大していきました。

日本が満州を狙った理由

日本が満州への進出を目指した背景には、主に次のような要因がありました。

  • 資源の確保:満州には石炭、鉄鉱石、木材など、当時の日本が不足していた天然資源が豊富に存在していました。
  • 帝国の拡張:日本はアジアにおける勢力圏の拡大を図っており、満州はその重要な足掛かりとみなされていました。
  • 国内経済への対応:世界恐慌の影響で苦境に立たされていた日本経済にとって、大陸への進出は活路になると期待されていました。

国際社会の反応とその後の展開

1932年には日本の傀儡国家である「満洲国」が樹立されました。国際連盟はリットン調査団を派遣して調査を行いましたが、その報告書を受けて日本は1933年に国際連盟を脱退することとなります。

太平洋戦争への一歩

満州事変は、単なる地域紛争にとどまらず、日本が国際協調路線から軍事的膨張路線へと転換する重大な転換点となりました。この侵略行動は、その後の日中戦争(1937年〜)へとつながり、最終的には太平洋における第二次世界大戦へと向かう大きな一歩となったのです。