前提の確認:「1929年」ではなく「1949年」
まず重要な訂正として、中華人民共和国が設立されたのは1929年ではなく1949年10月1日です。混同されやすいのですが、国民党による中華民国(国民政府)は、1912年の清朝滅亡後に樹立された別の政権であり、両者は成立の時期も性格も大きく異なります。
若き日の毛沢東と共産主義運動
中華民国成立の頃、毛沢東は湖南省出身の無名の青年にすぎませんでした。彼は北京で図書館の補助職員として働くうちにマルクス主義に傾倒し、1921年の中国共産党創立に関わった一人となりました。
国民党との協力から決裂へ
1920年代前半、共産党員は当初、国民党政府との協力路線(第一次国共合作)を支持していました。しかし孫文の死後、蒋介石率いる国民党は共産主義勢力への警戒を次第に強めていきます。
1927年、上海において国民党による共産党員の大規模な粛清、いわゆる「上海クーデター(四一二事件)」が発生しました。この事件を境に国共合作は崩壊し、その後20年以上に及ぶ国共内戦の幕開けとなったのです。
長征と内戦の激化
内戦期、毛沢東と共産党支持者たちは国民党軍の包囲網を突破するため、1934年から約1年かけて「長征」と呼ばれる過酷な大移動を行い、勢力の存続を図りました。日中戦争(1937〜1945年)の間は一時的に共同戦線を組んだものの、日本の敗戦後まもなく内戦は再燃します。
1949年、ついに建国へ
そして1949年、共産党は内戦に最終的な勝利を収めました。同年10月1日、毛沢東は北京の天安門から中華人民共和国の成立を宣言し、同国の最高指導者の座に就きました。敗北した国民党勢力は台湾へと撤退し、今日まで続く海峡両岸の分断の歴史がここに始まったのです。