7世紀にアラビア半島で誕生したイスラム教は、わずか100年余りの間に驚異的なスピードで拡大し、750年(アッバース朝成立の頃)までにはユーラシアとアフリカの広大な地域に及んでいました。ここでは、その拡大の順序と各地域について詳しく見ていきましょう。
1. 出発点:アラビア半島
イスラム教は610年頃、預言者ムハンマドがアラビア半島のメッカで啓示を受けたことに始まります。632年のムハンマドの死去までに、半島の大部分がイスラム共同体(ウンマ)のもとに統一されました。ここがすべての拡大の出発点となります。
2. 中東への拡大(レヴァントとイラク)
正統カリフ時代(632〜661年)には、ビザンツ帝国とサーサーン朝ペルシアという二大国との戦いを経て、シリア、パレスチナ、レバノン、ヨルダン、そしてイラクが急速にイスラム勢力の支配下に入りました。636年のヤルムークの戦いや同じ年のカーディシーヤの戦いは、この拡大を決定づけた転換点です。
3. 北アフリカへ
続いてエジプト(642年頃)、リビア、チュニジア、アルジェリアと西進し、8世紀初頭にはモロッコに達しました。ウマイヤ朝の時代に北アフリカ全土がイスラム世界に組み込まれていきます。
4. 中央アジアと南アジアへ
東方では、ウズベキスタン、タジキスタン、トルクメニスタン、キルギス、カザフスタンといった中央アジアの諸地域、さらに南アジアのインド亜大陸(現在のパキスタン、バングラデシュ、インド西部)へも勢力が伸びました。751年のタラスの戦いで唐軍を破ったことは、中央アジアにおけるイスラム圏の確立を象徴する出来事です。
5. ヨーロッパへの進出
711年、ベルベル人将軍ターリク・イブン・ズィヤード率いる軍がジブラルタル海峡を渡り、イベリア半島(現在のスペインとポルトガル)を征服しました。イスラム勢力はさらに北上して南フランスにまで到達しますが、732年のトゥール・ポワティエ間の戦いでフランク王国に阻まれ、それ以上の拡大は止まりました。また、地中海の要衝シチリア島も、この時期以降イスラム勢力の影響下に入っていきます。
750年までのイスラム圏まとめ
- アラビア半島 — 起源の地
- 中東 — イラク、シリア、レバノン、パレスチナ、ヨルダン
- 北アフリカ — エジプト、リビア、チュニジア、アルジェリア、モロッコ
- 中央アジア — ウズベキスタン、タジキスタン、トルクメニスタン、キルギス、カザフスタン
- 南アジア — パキスタン、バングラデシュ、インド
- ヨーロッパ — イベリア半島(スペイン・ポルトガル)、南フランス、シチリア
このように、750年までのイスラム教の拡大は「アラビア半島→中東→北アフリカ・中央アジア→南アジア→ヨーロッパ南部」という流れで進みました。軍事的征服だけでなく、交易網の発展や寛容な統治政策、シンプルで分かりやすい教えなどが、多様な民族や文化圏への浸透を支えた点も、この急速な拡大を理解するうえで重要です。