アジアの歴史

日系アメリカ人強制収容所は米国のどこにあった?全10カ所の所在地を一覧で解説

第二次世界大戦中の1942年、ルーズベルト大統領が出した大統領令9066号に基づき、約12万人の日系アメリカ人が西海岸地域から強制的に立ち退かせられ、内陸部に設置された「戦争移住センター(War Relocation Center)」と呼ばれる強制収容所へと移送されました。これらの施設は、カリフォルニア、アリゾナ、ユタ、ワイオミング、コロラド、アイダホ、アーカンソーの7つの州に点在していました。

日系人強制収容所の主な所在地一覧

1. マンザナー強制収容所(Manzanar)

カリフォルニア州イニョー郡。シエラネバダ山脈の東麓に位置する、最もよく知られた収容所の一つです。現在は国定史跡(National Historic Site)として一般公開されています。

2. トゥーリーレイク強制収容所(Tule Lake)

カリフォルニア州モドック郡。収容者数が全施設中最大で、後期には「分離センター」として運営されたことでも知られています。

3. トパーズ強制収容所(Topaz)

ユタ州ミラード郡。乾燥した砂漠地帯に設けられ、過酷な気候の中での生活を余儀なくされました。

4. グラナダ強制収容所(Granada)

コロラド州南東部に位置し、通称「アマチ(Amache)」の名でも呼ばれました。

5. ハートマウンテン強制収容所(Heart Mountain)

ワイオミング州パーク郡。標高の高い高原地帯にあり、冬は厳しい寒さと風雪に見舞われたことで有名です。

6. ミニドカ強制収容所(Minidoka)

アイダホ州ジェローム郡およびツインフォールズ郡。現在は国定史跡として保存されています。

7. ギラリバー強制収容所(Gila River)

アリゾナ州ギラ郡・ユマ郡。先住民の居留地内に設置された施設でした。

8. ポストン強制収容所(Poston)

アリゾナ州ラパス郡・ユマ郡。コロラド川沿いのインディアン居留地内に位置し、規模が大きいことで知られていました。

9. ローワー強制収容所(Rohwer)

アーカンソー州デシャ郡。ミシシッピ川デルタの湿地帯に設けられた、東部側では数少ない収容所です。

10. ジェローム強制収容所(Jerome)

アーカンソー州ドリュー郡。ローワー収容所とともにアーカンソー州に存在し、運営期間は比較的短かったことで知られています。

まとめ

日系アメリカ人の強制収容所は、そのほとんどが西部や中西部の内陸部、特に砂漠地帯や辺境の農村地帯に建設されました。戦後、これらの歴史は公民権侵害の象徴として語り継がれており、マンザナーやミニドカなど一部の跡地は現在、国定史跡として保存・公開されています。この歴史を正しく知ることが、同様の悲劇を繰り返さないための第一歩といえるでしょう。