両事件に共通する核心的な問題
1951年のダグラス・マッカーサー将軍の解任と、1973年の戦争権限法(War Powers Act)の可決。一見すると別々の歴史的出来事ですが、この二つには重要な共通点があります。それは、「議会の明示的な承認なしに、大統領が米軍を軍事行動に投入できる権限の範囲」をめぐる問題です。
マッカーサー解任事件(1951年)
朝鮮戦争中、ハリー・トルーマン大統領は、ダグラス・マッカーサー元帥を司令官の職から解任しました。きっかけとなったのは、マッカーサーが「戦争を朝鮮半島に限定し、中国との大規模な紛争を回避する」というトルーマンの政策方針を公然と批判したことです。
トルーマンは、マッカーサーが自らの権限を超えて行動し、軍に対する文民統制(シビリアン・コントロール)の原則に違反したと主張しました。この決定は、軍の最高指揮権が最終的に文民政府、すなわち大統領にあることを改めて示すものとなりました。
戦争権限法の成立(1973年)
一方、戦争権限法は、リチャード・ニクソン大統領が議会の承認を得ないままカンボジア侵攻を決断したことへの反発として、連邦議会が制定した法律です。
この法律は、大統領が議会の承認なしに戦争を行う能力を制限することを目的とし、次のような要件が定められました。
- 外国での紛争に部隊を投入する前に、議会と協議すること
- 部隊を投入した後、60日以内に議会の承認を求めること
大統領と議会の権力バランスをめぐる論争
これら二つの出来事は、いずれも戦争と平和に関する大統領と議会の権力バランスという、憲政上の根本的な問題を浮き彫りにしました。
マッカーサー解任の場合、大統領は反抗的な態度をとった軍司令官を罷免する自らの権限を主張しました。一方、戦争権限法の場合には、議会が開戦に関する意思決定における自らの役割を取り戻そうとしました。
つまり、どちらの事例も「誰が戦争を決定するのか」という問いに対し、行政部と立法部がそれぞれの立場から答えようとした歴史的事例だと言えるでしょう。