ニューディールとは?大恐慌下のアメリカを救った政策
1933年に就任したフランクリン・D・ルーズヴェルト大統領は、世界恐慌による深刻な経済危機に対処するため、一連の政府主導の政策を展開しました。これが「ニューディール」です。その出発点となったのが、就任直後の約3か月間、いわゆる「最初の100日間」でした。
最初の100日間(1933年3月〜6月)
ルーズヴェルト大統領と議会は、この短期間に次々と法案を可決し、国家の経済危機への対応にあたりました。主な立法は以下の通りです。
- 緊急銀行救済法(Emergency Banking Relief Act):破綻寸前だった全米の銀行の再開を実現し、金融システムへの信頼を回復させました。
- 民間資源保存隊(CCC):失業した若者数百万人を植林や自然保護などの保全事業に雇用しました。
- 連邦緊急救済局(FERA):困窮する人々に直接救済金を支給しました。
- 農業調整法(AAA):生産調整などを通じて農産物価格の引き上げを目指しました。
- 全国産業復興法(NIRA):公共事業庁(PWA)を設置して公共事業を推進するとともに、全国復興庁(NRA)を通じて産業界を規制しました。
第二のニューディール(1935〜1938年)
第二のニューディールでは、景気回復策を継続しつつ、社会福祉制度の整備に重点が移りました。代表的な施策は以下の通りです。
- 社会保障法(Social Security Act):老齢年金、失業保険、児童扶養手当からなる社会保障制度を確立しました。
- ワグナー法(Wagner Act):労働者が労働組合を結成する権利を法的に保護しました。
- 公正労働基準法(Fair Labor Standards Act):最低賃金と最長労働時間を定め、労働条件の改善を図りました。
第三のニューディール(1938〜1941年)
第三のニューディールでは、赤字財政による経済拡大が重視されるとともに、芸術・教育・住宅分野の振興も進められました。主な取り組みは以下の通りです。
- 公共事業促進局(WPA):失業者数百万名を道路や橋などの公共事業に従事させました。
- 全米青少年局(NYA):若者に就職の機会と職業訓練を提供しました。
- 農民安全保障局(FSA):農家への融資支援や農業技術の改善を後押ししました。
- 公共住宅局(PHA):低所得世帯向けの公営住宅を建設しました。
まとめ
ニューディールは、最初の100日間に集中した立法活動を起点として、社会保障や労働者保護といったアメリカ社会制度の基盤を築きました。政府が経済に積極的に関与するというこの発想は、その後のアメリカの経済政策にも大きな影響を与え続けています。