南北戦争(1861年〜1865年)の間、ノースカロライナ州は重要な戦場となり、数多くの戦闘が行われました。大西洋に面した同州は、南軍にとって補給港や鉄道網の要衝であり、北軍もその制圧を重視していました。ここでは、ノースカロライナ州で戦われた主な戦闘を時系列でご紹介します。
戦争初期の主要な戦闘(1861年〜1862年)
ハッテラス砦の戦い(1861年8月)
パムリコ・サウンドの入口を守る2つの砦をめぐる戦闘で、北軍が勝利。ノースカロライナ沿岸における北軍初の足がかりとなりました。
ロアノーク島の戦い(1862年2月)
北軍が勝利し、アルベマール・サウンドの支配権を確保。以降の内陸部への作戦展開に向けた戦略的な拠点を手に入れました。
ニューバーンの戦い(1862年3月)
北軍がニューバーンの町を占領し、ニュー川沿いに橋頭堡を築きました。
サウスミルズの戦い(1862年4月)
南軍が勝利した小規模な戦闘で、北軍のさらなる州内への進撃を阻止しました。
メイコン砦の戦い(1862年4月)
北軍による包囲と艦砲射撃の末、南軍守備隊は降伏し、砦は北軍の手に渡りました。
1862年末の戦闘
キンストンの戦い(1862年12月)
北軍が勝利し、南軍の補給線に大きな打撃を与えました。
ゴールズボロ・ブリッジの戦い(1862年12月)
北軍がニュー川にかかる橋を破壊するなどの戦果を上げましたが、重要な鉄道の結節点であるゴールズボロの占領までは達成できませんでした。
戦争末期の戦闘(1865年)
ウィルミントン攻防戦(1864年12月〜1865年2月)
南軍最大の補給港ウィルミントンの門戸にあたるフィッシャー砦をめぐっては、1864年12月の北軍の最初の攻撃は失敗に終わりました。しかし1865年1月の再攻撃で砦は陥落し、同年2月にはウィルミントン市も北軍の手に落ちました。
ベントンビルの戦い(1865年3月)
ノースカロライナ州で行われた南北戦争最後の、そして最大規模の会戦です。南軍は奇襲によって一時的に優位に立ったものの、最終的には撤退を余儀なくされ、北軍が戦略的主導権を握ったまま終戦へと向かいました。
まとめ
これらの戦闘が示すように、ノースカロライナ州は南北戦争において極めて重要な役割を果たしました。沿岸の砦や港湾都市、鉄道の要衝をめぐる一連の攻防は、戦争全体の帰趨にも大きな影響を与えたのです。