北米の歴史

南北戦争中、テネシー州が連邦から脱退したのはいつ?

テネシー州、連邦脱退の時期

テネシー州は1861年6月8日に行われた住民投票により、アメリカ合衆国(連邦)からの脱退を正式に決定しました。この時点でテネシー州は、南北戦争開戦前に連邦を離脱した最後の州となっています。

脱退の背景には、1861年4月のサムター要塞攻撃と、リンカーン大統領による州兵動員要請がありました。これに対して南部諸州が次々と連邦離脱を選ぶ中、テネシー州でも分離派が多数を占める結果となりました。なお、州内では地域によって意見が分かれ、東部テネシーでは連邦残留を支持する住民が多かったことも知られています。

アメリカ連合国への正式加入

連邦を脱退したテネシー州は、わずか数週間後の1861年7月2日、南部諸州が結成していたアメリカ連合国(南軍側の国家)への正式な加盟を果たしました。

戦後の連邦復帰

南北戦争終結後、テネシー州は再建(レコンストラクション)の時期を経て、1866年7月24日に連邦への復帰を認められました。これは、かつて連邦を離脱した南部諸州の中で最も早い復帰であり、同州が憲法修正第14条を批准したことが大きな要因となりました。