「ルイスとクラークはいつアイダホ州を探検したのか」という疑問には、少し補足が必要です。一般に「ルイス・クラーク遠征(発見隊)」として知られるこの探検は、1804年から1806年にかけて行われましたが、アイダホ州そのものが探検の主な目的地ではありませんでした。ただし、まったく縁がなかったわけでもありません。以下で詳しく見ていきましょう。
遠征の概要:1804年〜1806年
メリウェザー・ルイスとウィリアム・クラークが率いた探検隊は、1804年にミズーリ川をさかのぼる旅を開始し、太平洋岸を目指しました。彼らが主に活動したのは、グレートプレーンズ(大平原)北部と太平洋岸北西部、すなわち現在のモンタナ州、ワシントン州、オレゴン州といった地域です。
アイダホ州との関わり
実は、探検隊は1805年9月にロッキー山脈の一部であるビタールート山地を越え(ロロ峠経由)、現在のアイダホ州北部を短時間ながら通過しています。その後、クリアウォーター川やスネーク川を下ってワシントン州へ進み、コロンビア川沿いに太平洋へ到達しました。帰路となった1806年にも、同じ山岳地帯を横断しています。
つまり、「いつアイダホ州を探検したのか」という問いへの答えは、「1805年秋(および1806年の帰路)に一時的に通過したものの、本格的な探検の対象ではなかった」ということになります。
主な探検地域のまとめ
- ミズーリ川流域(ノースダコタ州など):1804年〜1805年、フォート・マンデンで越冬
- モンタナ州:1805年、ミズーリ川の源流をたどりロッキー山脈を越える
- アイダホ州北部:1805年9月にビタールート山地を通過
- ワシントン州・オレゴン州:コロンビア川を下り太平洋へ到達、フォート・クラッツォップで越冬
まとめ
ルイス・クラーク遠征は1804年から1806年にかけて行われた歴史的な探検であり、アイダホ州は主目的ではなかったものの、往復ともに州北部を通る重要な経路の一部でした。遠征全体の中心となったのは、あくまで大平原北部と太平洋岸北西部の探検だったと言えます。