よくある誤解として、「リンカーン大統領はゲティスバーグの戦いの後、ユリシーズ・S・グラント将軍に北軍の指揮を任せた」という説がありますが、これは正確ではありません。
実は、グラント将軍が北軍(連邦軍)全軍の総司令官に任命されたのは、1863年7月のヴィックスバーグの戦いの後であり、ゲティスバーグの戦いとは直接関係していません。
ヴィックスバーグの戦いがもたらした転機
1863年7月4日、グラント将軍はミシシッピ川沿いの要衝ヴィックスバーグを陥落させました。この勝利により、南軍はミシシッピ川流域の支配権を失い、南部連合は東西に分断されることになりました。
この圧倒的な戦果を見たリンカーン大統領は、グラントの軍事的才能を高く評価し、同年10月に彼を西部戦線全域の指揮官に抜擢しました。さらに1864年3月には、新設された「陸軍中将」の階級を与え、北軍全軍の最高司令官に任命しました。これまで中将に昇進したのは、独立戦争の英雄ジョージ・ワシントンのみでした。
リンカーンがグラントに期待した理由
リンカーン大統領は、それまで何人もの司令官を試してきましたが、誰も決定的な勝利をもたらすことができませんでした。その中で、グラントは「敵を攻撃し続ける」という積極的な姿勢を貫いていました。
有名な逸話として、リンカーンはこう語ったと言われています。「他の人たちはどうすればいいのか教えてくれないが、この男(グラント)は実際に戦ってくれる」。この実行力こそが、リンカーンがグラントに全軍の指揮を託した最大の理由でした。