ウィリアム・ペン(William Penn)と初代ボルチモア男爵ジョージ・カルバート(Sir George Calvert)は、北米においてそれぞれペンシルベニア植民地とメリーランド植民地を設立した、歴史上きわめて重要な人物です。本記事では、両者の生涯と植民地建設における役割について詳しく解説します。
ウィリアム・ペン(1644年〜1718年)――ペンシルベニアの父
宗教的背景
ペンはイングランドを代表するクエーカー(キリスト友会)の一人でした。クエーカーは、平和主義と内面の霊性を重視することで知られるプロテスタントの宗教団体です。
ペンシルベニアの設立
1681年、ペンは国王チャールズ2世から土地特許を与えられ、イングランドで迫害に直面していたクエーカーやその他の宗教的少数派のための避難所を建設しました。この特許こそが、ペンシルベニア植民地誕生の起点となったのです。
統治の理念
ペンが描いたペンシルベニアのビジョンは、宗教の自由、平和、そして先住民族への公正な扱いに基づいていました。彼の「聖なる実験(Holy Experiment)」と呼ばれる構想は、公正な土地政策と宗教的寛容を柱とするものでした。
フィラデルフィアの建設
ペンはペンシルベニアの首都としてフィラデルフィア市を自ら設計・開発しました。整然とした街路配置や公共空間にはクエーカーの価値観が反映されており、調和と秩序を促進する工夫が随所に施されています。
先住民族との関係
ペンは外交と条約を通じて、さまざまな先住民族と平和的な関係を築きました。先住民族の土地権利を尊重し、協力的な交易を行うという彼の姿勢は、当時としては極めて先進的なものでした。
遺したもの
宗教の自由と平和共存へのペンの献身は、ペンシルベニアの社会、文化、政治制度に永続的な影響を残しました。今日でもペンシルベニア州は、宗教的多様性と寛容の象徴として知られています。
初代ボルチモア男爵ジョージ・カルバート(1579年〜1632年)――メリーランドの礎
カトリック教徒としての背景
敬虔なローマ・カトリック教徒であったカルバートは、17世紀のイングランドで横行していた迫害を受けずに、イングランド人カトリック教徒が自由に信仰を実践できる植民地の建設を構想していました。
メリーランドの設立
1632年、カルバートは国王チャールズ1世から勅許状を取得し、メリーランド植民地の設立を果たしました。この勅許状はすべてのキリスト教徒に信仰の自由を保証しており、メリーランドはそうした規定を持つ最初のイギリス植民地となりました。
寛容と多様性
当初はカトリック教徒の避難所として構想されたメリーランドでしたが、プロテスタント系の入植者も受け入れられました。カルバートの目標は、異なる信仰を持つ人々が平和に共存できる寛容な社会をつくることにありました。
首都の建設
カルバートはメリーランドの首都としてセント・メアリーズ・シティを建設しました。ただし、入植地の拡大と植民地としての本格的な発展は、息子のセシリウス・カルバート(第2代ボルチモア男爵)が総督を務めた時代に実現しました。
遺したもの
宗教の自由の避難所として出発したメリーランドの歩みは、同州独自の歴史と価値観を形づくりました。宗教的寛容の原則は、多文化的な社会と多様な宗教的風土を育む土台となっています。
まとめ
ウィリアム・ペンとジョージ・カルバート卿は、いずれも宗教の自由と多様な人々の共存を特徴とする植民地の設立において決定的な役割を果たしました。両者の貢献は、ペンシルベニアとメリーランドの将来を形づくるだけでなく、アメリカ植民地全体の社会・政治的発展の方向性にも深い影響を与える、永続的な遺産となったのです。