アナコンダ計画とは
南北戦争(1861年〜1865年)において、北軍(ユニオン)が最終的な勝利を収めるために立案した総合戦略は、「アナコンダ計画(Anaconda Plan)」と呼ばれています。この計画は、開戦当初こそ慎重すぎると批判されましたが、戦争の帰趨を左右する重要な戦略となりました。
計画の2つの柱
アナコンダ計画の中核をなすのは、次の2つの作戦です。
1. ミシシッピ川の制圧
北軍はミシシッピ川を占領・確保し、南部連合(アメリカ連合国)を東西に分断することを目指しました。これにより、西部から東部への物資や兵員の移動を遮断できます。
2. 海上封鎖
南部の主要港を海軍力によって封鎖し、武器や物資の輸入、そして経済の生命線である綿花の輸出を妨げました。
名称の由来
「アナコンダ」という名前は、獲物をゆっくりと締め上げて弱らせる大蛇にちなんだものです。海上封鎖と川の制圧によって南部経済を徐々に包囲し、戦争遂行能力を奪っていくという戦略の特徴を見事に表しています。この構想は、当時の北軍総司令官ウィンフィールド・スコット将軍によって提唱されました。
計画の成果
1863年にビックスバーグが陥落すると、ミシシッピ川の全流域が北軍の支配下に入り、南部連合は完全に分断されました。こうしてアナコンダ計画は、着実に実行されて南部を追い詰め、北軍の勝利へとつながったのです。