北米の歴史

南北戦争前、逃亡奴隷を北部の自由州へ導いた「地下鉄道」の秘密ネットワーク

地下鉄道(Underground Railroad)とは

地下鉄道は、1830年代から1860年代にかけてアメリカ合衆国で活動した、秘密のルートと安全な隠れ家からなるネットワークです。奴隷とされたアフリカ系アメリカ人が北部の自由州やカナダへ逃れるために利用し、推計で10万人以上の人々がこのネットワークを通じて自由を手にしたとされています。

地下鉄道を支えたのは、奴隷制度廃止論者、自由黒人、そして白人の協力者など多様な人々でした。ルートには森や沼地を抜ける陸路のほか、河川や海を利用した水路もあり、沿道には安全な家(セーフハウス)が設けられていました。逃亡者はそこで休息を取り、食事や宿泊の支援を受けることができました。

もちろん、逃亡の旅は極めて危険であり、多くの逃亡奴隷が捕らえられ、所有者の元へ送り返されることも少なくありませんでした。それでも地下鉄道は大きな成果を上げ、最終的にはアメリカにおける奴隷制度廃止の実現へとつながっていきました。

ボストン警戒委員会(Boston Vigilance Committee)

ボストン警戒委員会は、1841年に設立された奴隷制度廃止論者たちの団体で、ボストンに逃れてきた元奴隷たちを支援しました。食料や住居の提供、法的な支援を行うだけでなく、離ればなれになった家族との再会を助ける活動も展開していました。

同委員会はアメリカ国内でも最も活発かつ実績のある警戒委員会の一つであり、奴隷捕獲業者の手から数百人もの逃亡奴隷を救い出し、マサチューセッツ州における奴隷制度廃止に重要な役割を果たしました。

オハイオ反奴隷制協会(Ohio Anti-Slavery Society)

オハイオ反奴隷制協会は、1833年に設立された奴隷制度廃止団体です。演説活動、政治的なロビー活動、そして地下鉄道への支援など、さまざまな手段を通じてアメリカにおける奴隷制度の終結を目指しました。

同協会はアメリカ最大級かつ最も影響力のある廃止論団体の一つであり、奴隷制度を廃止した合衆国憲法修正第13条の成立にも重要な役割を果たしました。