北米の歴史

1840年代・1850年代にアメリカへ渡った移民と、その後の新規移民の違いとは

1840年代・1850年代の移民と、それ以降に到着した移民の違い

19世紀半ばにアメリカ合衆国へ渡った移民たちと、1880年代以降に到来した「新移民」と呼ばれる人々の間には、出身地域、移住の動機、受け入れられる社会環境など、多くの顕著な違いがありました。本記事では、両者の主な相違点を6つの観点から解説します。

1. 出身国・出身地域の違い

1840年代〜1850年代: この時期の移民の大多数は、北欧・西欧諸国、特にアイルランド、ドイツ、イギリスから来ました。

それ以降の移民: 1880年代以降になると、イタリア、ロシア、オーストリア=ハンガリー帝国、東欧のユダヤ人コミュニティなど、南欧・東欧からの移民が急増し、大きな転換点となりました。

2. 移民の動機

1840年代〜1850年代: 経済的機会の追求、宗教的自由、政治的動乱からの逃避が、この時期の主な移住理由でした。特にアイルランドではジャガイモ飢饉(1845年〜)が大量移住の引き金となりました。

それ以降の移民: 経済的要因が依然として重要であった一方、宗教的・政治的迫害からの逃亡がより顕著な動機となりました。特に戦争や抑圧的な政権から逃れてきた人々にその傾向が強く見られました。

3. 移民政策と法律

1840年代〜1850年代: 移民政策は比較的緩やかで、誰がアメリカに入国できるかについての制限や規制はほとんど存在しませんでした。

それ以降の移民: 19世紀末から20世紀初頭にかけて、1882年の中国人排斥法(Chinese Exclusion Act)、1891年および1903年の移民法など、特定の民族的・国民的集団の流入を制限することを目的とした、より厳格な移民法制が次々と導入されました。

4. ナティビズム(排外主義)と反移民感情

1840年代〜1850年代: ナティビズムは存在していましたが、後の時代と比べるとその強度は限定的でした。ただし、アイルランド系移民が大量に流入したため、反アイルランド感情は顕著に見られました。

それ以降の移民: 排外主義的・反移民的な感情が激化し、社会的・経済的・政治的な緊張が高まりました。特に東欧系およびアジア系移民に対する敵意が強まる傾向がありました。

5. 定住と社会統合のパターン

1840年代〜1850年代: この時期の移民は、ボストン、ニューヨーク、フィラデルフィア、シカゴといった既存の大都市や工業地帯に定住する傾向があり、工場や都市産業で職を得て生活を築いていきました。

それ以降の移民: 一方、19世紀末から20世紀初頭の移民たちは、リトル・イタリーやチャイナタウンなどの民族集住地区(エンクレーブ)に定住し、独自のコミュニティや制度的基盤を築いていくことが多くなりました。

6. アメリカの文化とアイデンティティへの影響

1840年代〜1850年代: 移民たちはアメリカ文化の多様性を大きく広げ、音楽、料理、言語、地域の伝統に深い影響を与えました。

それ以降の移民: 多様な民族集団による大規模な移民の流入により、アメリカは文化的・社会的・宗教的な景観の大きな変革を経験しました。こうした変化を通じて、多様な文化が溶け合う「るつぼ(melting pot)」としての国家のアイデンティティがさらに形作られていきました。

このように、1840年代・1850年代の移民とそれ以降の移民との違いは、単なる出身地の違いにとどまらず、アメリカ社会の受容体制、移民政策の変遷、そして国家的アイデンティティの形成過程そのものに深く関わるものでした。