1800年代のゲットーとは何だったのか?
「ゲットー」という言葉の起源は、16世紀のイタリア・ヴェネツィアにさかのぼります。1516年、ヴェネツィア共和国はユダヤ人に対し、市内の特定の地区への居住を義務付ける法令を発布しました。これが世界初の「ゲットー」であり、以後この言葉は、ユダヤ人が居住を強制された隔離地域を指す用語となりました。
1800年代には、本来の意味でのゲットーは存在しなかった
したがって、私たちが一般的に思い浮かべるような形でのゲットーは、1800年代にはすでに存在していませんでした。実際、18世紀末にナポレオン軍がヨーロッパ各地を占領すると、多くの都市でゲットーの門が取り壊され、ユダヤ人は移動の自由を取り戻しました。19世紀を通じて、ヨーロッパ諸国ではユダヤ人解放(エマンチペーション)が進み、法的な隔離政策は段階的に廃止されていったのです。
差別や排除は依然として存在した
とはいえ、1800年代に差別が消えたわけではありません。当時も世界各地で、さまざまな集団に対する差別、社会的な隔離、排除が見られました。ただ、法律によって指定された「ユダヤ人専用の隔離地域」というゲットー制度そのものは、歴史的にはより早い時期、すなわち中世から近世にかけて出現しており、19世紀には解体へと向かっていたのです。
まとめ
1800年代は、ゲットーという制度が終わりを迎えた時代といえます。「ゲットー」という言葉自体は後の時代に新たな意味を持つようになりましたが、その起源が1516年のヴェネツィアにあることを理解しておくことは、歴史を正しく捉えるうえで重要です。