北米の歴史

植民地時代のニューヨークに暮らした先住民族とは?イロコイ連邦からロングアイランドの部族まで

植民地時代のニューヨークと先住民族

17世紀初頭、現在のニューヨーク州一帯には、ヨーロッパ人入植者が到着するはるか前から、数多くの先住民族が暮らしていました。ハドソン川やモホーク川流域を中心に、彼らは大きく「イロコイ連邦」、「アルゴンキン語族系の部族」、そしてロングアイランド周辺に定住したその他の部族という三つのグループに分けられます。それぞれの構成部族と特徴を見ていきましょう。

イロコイ連邦(ホーデノショーニー)

イロコイ連邦は、五大湖周辺からニューヨーク州北部にかけて強大な勢力を誇った先住民族の同盟です。当初は5部族(五カ国)で結成され、1722年にタスカローラ族が加わって「六カ国」となりました。合議制による民主的な政治体制は、後のアメリカ合衆国の連邦制度にも影響を与えたと考えられています。

  • モホーク族:連邦の東端、モホーク川流域に居住し、「東の扉の守り手」と呼ばれました。
  • セネカ族:最も西に位置する最大の勢力で、「西の扉の守り手」として知られています。
  • オノンダガ族:連邦の中央に位置し、会議の火を守る政治的・宗教的中心地を担いました。
  • オナイダ族:モホーク族とオノンダガ族の間の地域に住み、農業を中心とした生活を営みました。
  • カユガ族:カユガ湖畔に定住し、トウモロコシなどの栽培と漁業で栄えました。

アルゴンキン語族系の部族

ハドソン川下流域やロングアイランド、ニューイングランド方面には、イロコイ語族とは系統の異なるアルゴンキン語を話す部族が広く分布していました。彼らは狩猟・漁撈・農耕を組み合わせた季節に応じた生活様式を持っていました。

  • ワッピンガー族:ハドソン川東岸の中流域に住み、オランダ人入植者と最初期に接触した部族の一つです。
  • デラウェア族(レナペ族):デラウェア川流域を本拠地とし、「本来の人々」という意味の自称「レナペ」の名でも知られます。
  • マンシー族:レナペ族の一支族で、ハドソン川下流域やマンハッタン島周辺に居住していました。
  • マヒカン族:ハドソン川上流域に住み、領土をめぐってイロコイ連邦としばしば対立しました。
  • ピーコット族:コネチカット地方に強い勢力を持ちましたが、1637年のピーコット戦争で壊滅的な打撃を受けました。

その他の先住部族(ロングアイランド周辺)

ロングアイランド一帯には、小規模ながら独自の文化を持つ部族が点在していました。これらの部族は総称して「メトオアック」と呼ばれることがあります。

  • シンネコック族:ロングアイランド東部に住み、漁撈や貝殻製の交易品「ワンパム」づくりで知られます。今日でも同地域に共同体が存続しています。
  • モントーク族:ロングアイランド最東端に位置し、周辺部族との交易網の中心的存在でした。
  • アンケチョーグ族:ロングアイランド南部に定住し、ワンパムの主要な生産地として重要な役割を果たしました。
  • メトオアック族:ロングアイランドの諸部族をまとめて指す呼称として用いられます。
  • ルマチェノック族:現在のブルックリン周辺に住んでいたとされる部族です。

ヨーロッパ人の到来と先住民族の運命

1609年、ヘンリー・ハドソンがハドソン川を探索したことをきっかけに、オランダ人はニューネーデルラント植民地の建設を進め、1626年にはマンハッタン島に新アムステルダム(後のニューヨーク)を築きました。1664年にイギリスが支配権を握ると、植民地は「ニューヨーク」と改名されます。

入植者の急増に伴い、先住民族は土地を次々と失い、天然痘などの伝染病によって人口を大幅に減らしました。さらに、ビーバーの毛皮をめぐる交易競争は部族間の紛争を激化させ、イロコイ連邦と周辺勢力の間で「ビーバー戦争」と呼ばれる長期の抗争が勃発しました。

こうした激動の時代の中で、多くの部族は故郷を追われて移住を余儀なくされました。しかし、シンネコック族など一部の共同体は今日までその土地にとどまり、言語や伝統文化を受け継ぎ続けています。植民地時代のニューヨークの歴史を学ぶことは、この都市の繁栄の基盤を築いた先住民族の存在を再認識することでもあるのです。