18世紀後半、北米のイギリス植民地では、本国が次々と打ち出した法律や政策に対する不満が高まっていきました。こうした施策の積み重ねが、やがてアメリカ独立戦争へとつながっていきます。ここでは、植民地の人々を激怒させた主な出来事を紹介します。
印紙法(1765年)
印紙法は、新聞、パンフレット、法律文書などあらゆる紙類に特別な印紙を貼り、税金を納めることを義務付けた法律です。イギリスが植民地に直接課税を行ったのは、これが初めてのことでした。そのため、「代表なくして課税なし」というスローガンのもと、植民地全域で大規模な抗議運動が巻き起こりました。
タウンゼンド諸法(1767年)
タウンゼンド諸法は、ガラス、紙、鉛、茶などのさまざまな品目に新たな税を課した一連の法律です。あわせて、税の徴収を強化するために新しい税関委員会も設立されました。これらの法律にも強い抗議の声が上がり、一部の植民地人はイギリス製品の不買運動を展開しました。
ボストン虐殺事件(1770年)
この事件は、タウンゼンド諸法に抗議していたボストンの市民集団に対し、イギリス兵が発砲したことで発生しました。5人の市民が命を落とし、事件はイギリスと植民地の間の緊張をさらに悪化させました。当時広く流布された版画の影響もあり、反英感情を煽る大きな要因となりました。
茶法(1773年)
茶法は、イギリス東インド会社に植民地における茶の販売独占権を与えた法律です。この法律は非常に不評で、有名な「ボストン茶会事件」へと発展しました。植民地人の一団が、ボストン港に停泊していた船から大量の茶箱を海へ投げ込み、積荷を廃棄したのです。
まとめ
これらの出来事は、植民地の人々の不満を着実に積み上げていきました。ボストン茶会事件への報復としてイギリスが実施した厳しい処置は、さらなる抵抗を招き、ついには1775年のアメリカ独立戦争の勃発へと至ることになります。