湾岸戦争勃発の引き金となった出来事
湾岸戦争の最大の原因は、イラクによるクウェート侵攻でした。
1990年8月2日、イラク軍はペルシャ湾岸に位置する石油資源に恵まれた小国・クウェートに侵攻し、短期間で同国全土を占領しました。
サダム・フセインの主張
当時のイラクの指導者サダム・フセインは、「クウェートは歴史的にイラクの領土の一部である」と主張し、イラクの利益を守るためにこれを併合すると述べました。背景には、イラン・イラク戦争で膨らんだ巨額の負債や、原油生産量をめぐる両国間の対立などもあったとされています。
国際社会の反応と国連の対応
しかし、イラクの行動は世界の大多数の国々から強く非難され、クウェートからの即時撤退が求められました。
これを受けて、国連安全保障理事会は決議660を採択し、イラクに対して「即時かつ無条件の撤退」を要求しました。
多国籍軍による軍事作戦の開始
それでもイラクが決議に従う姿勢を見せなかったため、1991年1月、アメリカを中心とする多国籍軍は「砂漠の嵐作戦(デザート・ストーム)」と呼ばれる大規模な軍事作戦を発動し、イラク軍をクウェートから武力で排除することになりました。