エドワード・ウッド、第3代ハリファックス伯爵(通称ハリファックス卿)が宥和政策を支持した最大の理由は、ドイツとの戦争を何としても回避しなければならないと確信していたからです。当時のドイツは強大な軍事力を誇る国であり、イギリスがそのような国との紛争に巻き込まれれば、国家にとって壊滅的な結果をもたらすと彼は考えていました。
さらにハリファックスは、ドイツに対して譲歩的な姿勢を示すことで両国の関係を改善でき、最終的には平和を保障する合意へと至れると期待していました。つまり、宥和政策とは単なる弱腰外交ではなく、外交交渉を通じた恒久平和への道筋だと捉えていたのです。
戦争がもたらす破滅への深い懸念
また、ハリファックスは戦争そのものがもたらす破壊の規模を極めて深刻に懸念していました。大規模な戦争はヨーロッパ全体に取り返しのつかない損害を与え、イギリスの生活様式や社会の基盤そのものをも崩壊させかねないと考えたのです。第一次世界大戦の惨禍が記憶に新しい当時、このような懸念は多くのイギリス国民にも共有されていました。
宥和政策の道徳的な正当性
見逃せないのが、ハリファックスが宥和政策に道徳的な正当性があると信じていた点です。譲歩によって戦争の流血を避けられるのであれば、それは平和を希求する者として当然の選択である——これが彼の基本的な立場でした。
このようにハリファックスにとって宥和政策は、現実的な安全保障上の判断と道徳的信念の両面から支持される「正しい政策」だったのです。歴史的にはこの政策がヒトラーの拡張主義を助長したという批判が定着していますが、当時の彼の主張には、戦争の悲惨さを身をもって知る世代特有の切実な事情が反映されていました。