1947年、国際連合総会は「パレスチナ問題に関する将来政府の決議」、いわゆる決議181を採択しました。これは当時イギリスの委任統治下にあったパレスチナを、ユダヤ人国家とアラブ人国家の二つの独立国家に分割し、エルサレムおよびベツレヘム周辺は国際管理下に置くという内容の勧告でした。
決議181の主な内容
決議181では、領土の約56%をユダヤ人国家に、約43%をアラブ人国家に割り当てることが定められました。また、両国家間の経済的結びつきを維持するための経済同盟の設立や、住民の権利保護なども盛り込まれていました。
当事者たちの反応
この決議に対し、ユダヤ人側の指導部は概ね受け入れた一方、アラブ諸国およびパレスチナのアラブ人は強く反対しました。彼らは分割案を自らの民族的自決権への侵害であるとみなしたのです。
決議は実現せず――第一次中東戦争へ
しかし、この分割計画は実際には実施されませんでした。1948年5月14日にイスラエルが独立を宣言すると、直ちにエジプト、ヨルダン、シリア、レバノン、イラクなどのアラブ諸国軍がパレスチナに侵攻し、第一次中東戦争(1948年アラブ・イスラエル戦争)が勃発したのです。
この戦争により、決議181が想定した二国家体制は実現されず、代わりに大規模なパレスチナ難民の発生や領土の変動といった結果をもたらしました。以後、パレスチナ問題は今日まで続く中東和平交渉の核心的な課題となっています。