三角貿易として知られる大西洋奴隷貿易は、16世紀に始まり、19世紀まで約300年以上にわたって続きました。
ポルトガル人が15世紀後半にアフリカ西岸へ到達したことをきっかけに、1500年代前半からアフリカの人々を強制的に連れ去り、新大陸(アメリカ大陸)へ移送する貿易が本格化しました。その後、イギリスやフランス、オランダ、スペインなども参入し、18世紀にはこの貿易が最盛期を迎えました。
三角貿易の仕組みとは?
「三角貿易」という名前の由来は、その航路が三角形を描いていたことにあります。主な流れは以下の通りです。
1. ヨーロッパからアフリカへ
ヨーロッパからは工業製品、武器、布、酒類などが船でアフリカへ運ばれ、現地で奴隷と交換されました。
2. アフリカからアメリカ大陸へ(中間航路)
アフリカで買収された人々は、過酷な環境の船内で数週間〜数か月かけて大西洋を渡らされました。この区間は「中間航路(ミドル・パッセージ)」と呼ばれ、多くの命が失われる悲惨な航海でした。
3. アメリカ大陸からヨーロッパへ
アメリカ大陸のプランテーション(農園)で生産された砂糖、綿花、タバコなどの商品がヨーロッパへ運ばれ、大きな利益をもたらしました。
大西洋経済の中核としての役割
この三角貿易は、数世紀にわたり大西洋圏の世界経済を支える重要な柱でした。ヨーロッパ諸国は奴隷労働によって生産される安価な原料から莫大な富を蓄積し、産業革命の基盤の一つともなったと考えられています。
三角貿易の終わり
19世紀に入ると、啓蒙思想や宗教的良心に基づく奴隷制廃止運動がヨーロッパで広がりました。イギリスは1807年に奴隷貿易を禁止し、1833年には奴隷制度そのものを廃止しました。その後も各国で段階的に廃止が進み、ブラジルでは1888年まで奴隷制が続いたのが最後とされています。