オセアニアの歴史

第一次世界大戦後、戦争賠償を課されたのはどの国?ヴェルサイユ条約と賠償問題を解説

第一次世界大戦(1914年〜1918年)に敗北した後、戦争賠償(賠償金の支払い)を求められたのは、ドイツおよびその同盟国でした。中でも最も重い賠償責任を負わされたのが、戦争の主要な敗戦国であるドイツです。

ヴェルサイユ条約による賠償義務

1919年に締結されたヴェルサイユ条約において、連合国側はドイツに対し、戦争の責任を認めさせたうえで莫大な賠償金の支払いを義務付けました。この賠償額は当時の金換算で1,320億マルク(約66億ポンド)と定められ、30年以上にわたる長期の分割払いという形で支払うことが求められました。

ドイツ経済への深刻な影響

この賠償金はドイツ経済にとって非常に重い負担となりました。賠償支払いの圧力はハイパーインフレーション(超インフレ)の一因となり、1923年には通貨が事実上無価値となるほどの経済混乱を引き起こしました。失業や貧困が広がる中、国民の不満は高まり、これが後のナチ党(国家社会主義ドイツ労働者党)の台頭につながったと広く考えられています。

賠償支払いのその後

ドイツは賠償の支払いを続けましたが、世界恐慌などの影響もあり、1932年のローザンヌ会議で賠償支払いは事実上停止されました。その後、1953年のロンドン債務協定により残存債務の処理が決められ、ドイツが第一次世界大戦に関連する債務の最終支払いを完了したのは、実に2010年のことでした。第一次世界大戦の賠償問題は、約90年もの長きにわたって欧州の歴史に影を落としたのです。