第一次世界大戦(1914年〜1918年)は、ヨーロッパ列強が世界各地に保有していた広大な植民地を巻き込んだ、史上初の世界的規模の総力戦でした。植民地は母国に対して兵員・資源・資金などを提供し、戦争の行方に大きな影響を与えました。ここでは、第一次世界大戦に関わった主な植民地を国別にご紹介します。
イギリスの植民地と自治領
カナダ
カナダは当時、大英帝国内の自治領(ドミニオン)として高度な自治権を持っていましたが、開戦と同時にイギリス側で参戦しました。西部戦線を中心に数十万人規模の兵士を派遣し、ヴィミー・リッジの戦いなどで勇名を馳せました。資源や資金の面でも本国を強く支えました。
オーストラリア
オーストラリアもイギリスの自治領として、志願兵を中心に大規模な軍事力を提供しました。1915年のガリポリの戦いではニュージーランド軍とともにANZAC(豪州・ニュージーランド軍団)として参戦し、多大な犠牲を払いました。その後は西部戦線など各地で戦っています。
ニュージーランド
ニュージーランドもイギリスの自治領として兵士を派遣し、ガリポリや西部戦線などで大きな貢献を果たしました。人口に対する従軍率は非常に高く、戦争体験は同国の国民意識の形成にも深く結びつきました。
インド
イギリス領インドは、第一次世界大戦における最大級の人的資源の供給源となりました。100万人を超えるインド人兵士が動員され、中東、ヨーロッパ、アフリカなど各地の戦域に展開しました。彼らの貢献は、戦後のインド独立運動の高揚にも影響を与えたとされます。
南アフリカ
南アフリカ連邦はイギリスの自治領として参戦し、ドイツ領南西アフリカ(現在のナミビア)の占領作戦や東アフリカ戦線に部隊を送りました。国内では親ドイツ派による反乱も発生しましたが、鎮圧されています。
フランスの植民地
フランス領インドシナ
現在のベトナム、カンボジア、ラオスからなるフランス領インドシナは、米や資金などの物資を本国へ供給するとともに、労働者や兵士を派遣してフランスの戦争遂行を支えました。
フランス領西アフリカ
セネガルなどを含むフランス領西アフリカからは、いわゆる「セネガル兵」と呼ばれる現地人部隊が編成され、西部戦線を中心に十数万人が動員されました。資源の供給面でもフランスに欠かせない存在でした。
ドイツの植民地
ドイツ領東アフリカ
現在のタンザニア、ルワンダ、ブルンジにあたるドイツ領東アフリカでは、フォン・レトウ=フォルベック率いるドイツ軍がゲリラ戦術を駆使して終戦まで抵抗を続け、連合国軍を大きく翻弄しました。この戦線では多数のアフリカ人兵士や輸送要員が動員されたことも特徴です。
ドイツ領南西アフリカ
現在のナミビアにあたるこの植民地は、1915年に南アフリカ軍の攻撃を受けて占領されました。
ドイツ領ニューギニア
現在のパプアニューギニアの一部および太平洋の島々からなるこの植民地は、開戦後まもなく連合国軍によって占領されました。日本も旧ドイツ領ミクロネシア(南洋諸島)を占領し、戦後は国際連盟の委任統治領として統治することになります。
その他の関与した植民地
上記以外にも、以下のような植民地が戦争に関与しました。
- イタリア領ソマリランド
- イタリア領リビア
- ベルギー領コンゴ(銅やゴムなどの資源供給地として重要な役割を担う)
- ポルトガル領アンゴラ
- ポルトガル領モザンビーク
まとめ
第一次世界大戦において、植民地は単なる後方支援の場ではなく、兵力・資源・資金の供給源として戦争遂行に不可欠な存在でした。しかし一方で、戦争は経済的な混乱や政治的な変動をもたらし、植民地の人々の間には民族自決の思想が広まり、各地でナショナリズム運動が活発化しました。こうした動きは、後に続く脱植民地化の大きな流れへとつながっていったのです。