オセアニアの歴史

ロアノーク島植民地が設立された動機とは?イングランドの6つの狙いを解説

1580年代、ウォルター・ローリー卿の後援のもと北米に建設されたロアノーク島植民地は、イングランドによる新大陸進出の先駆けとなった歴史的な試みです。この植民地の設立には、単一ではなく複数の動機が複雑に絡み合っていました。ここでは、その背景となった6つの主要な動機を詳しく見ていきます。

1. 経済的な動機

最も大きな推進力となったのは経済的な利益の追求です。当時のイングランドは、スペインが新大陸から莫大な富を持ち帰る様子を目の当たりにしていました。

・金や貴金属などの天然資源の獲得
・先住民族との交易関係の構築
・将来的にはアジアへの貿易ルート開拓の可能性

2. 宗教的な動機

宗教面でも重要な目的がありました。プロテスタント国家であるイングランドにとって、新大陸は宗教的自由を追求できる場所であり、カトリック勢力からの圧力を避けたいプロテスタント共同体にとっての安全な避難所となる可能性を秘めていました。

3. 帝国としての拡張

エリザベス1世時代のイングランドは、海外植民地を持つ大国としての地位確立を目指していました。

・植民地帝国としてのイングランドの威信と国際的地位の向上
・海外進出に伴う海軍力および軍事力の強化

4. 国家安全保障

当時、海上覇権を握るスペインはイングランドにとって最大の脅威でした。北米に拠点を築くことは、スペインの艦隊やその他の列強に対する戦略的な防衛手段としても機能すると期待されていました。

5. 探検と発見への情熱

ルネサンス期の探検精神も無視できません。地図に記されていない未知の領域に対する旺盛な好奇心と、新たな発見への渇望が、冒険者たちを海へと駆り立てました。

6. 社会改革の一環

国内問題への対策という側面もありました。失業者や借金を抱えた人々など、イングランド社会で困窮していた人々に、新天地での再出発の機会を提供することが期待されていたのです。

まとめ

ロアノーク島植民地の設立は、経済的利益、宗教的自由、帝国的野心、国家安全保障、探検精神、そして社会改革という多面的な動機によって支えられていました。残念ながらこの植民地自体は「失われた植民地」として謎の消失を遂げますが、その試みは後のジェームズタウン植民地の成功へとつながる重要な足掛かりとなりました。