オセアニアの歴史

イギリスのオーストラリア支配後、先住民は保護されたのか?〜抵抗の歴史を解説

結論から言えば、いいえ、先住民は保護されませんでした。イギリスがオーストラリアを植民地化した後、先住民(アボリジニ)はイギリスの侵略と入植に対して激しく抵抗し、伝統的な生活様式を守るために、植民者たちとの間で数多くの戦いを繰り広げました。この抵抗は長年にわたって続き、地域によっては20世紀に入ってもなお続けられました。

植民地化の始まりと先住民への影響

1788年、イギリスの第一艦隊がシドニー湾に到達し、本格的な植民地化が始まりました。当時のオーストラリア大陸には、約250もの言語を話す数十万人のアボリジニが暮らしていたと推定されています。しかし、入植者が急増するにつれて、先住民は伝統的な狩猟採集の場である土地を奪われ、ヨーロッパから持ち込まれた天然痘などの疫病や暴力によって人口が激減していきました。

「フロンティア戦争」と呼ばれる抵抗運動

先住民による一連の武装抵抗は、後に「フロンティア戦争(Frontier Wars)」と総称されるようになりました。シドニー周辺では、ウォンガル族の戦士ペムルワイ(Pemulwuy)が1790年代から1802年にかけて、ゲリラ戦術を用いて入植者に果敢に立ち向かったことで知られています。また、西オーストラリアではヌーンガル族の指導者ヤガン(Yagan)が抵抗運動を率い、キンバリー地方ではジャンダマラ(Jandamarra)が1890年代に警察部隊さえ相手に戦いました。

20世紀まで続いた抵抗とその後の闘い

こうした武力による抵抗は長期間にわたって続き、地域によっては20世紀に入っても散発的に継続されました。1930年代初頭には、ノーザンテリトリーのカレドンベイ事件のように、先住民と入植者・当局との衝突が再び注目を集める事例もありました。

さらに、武力抵抗だけでなく、20世紀半ば以降は先住民の権利を求める政治的・法的な運動へと発展していきました。1967年の憲法改正住民投票、1992年のマボ裁判における先住民土地権利の承認など、アボリジニの人々は自らの権利回復に向けた闘いを現代まで続けています。

まとめ

イギリスの支配下で先住民が「完全な保護」を受けることは一切ありませんでした。むしろ、土地の喪失、暴力、病気、そして強制的な同化政策といった深刻な苦難に直面することとなりました。しかし、アボリジニの人々は決して受動的に屈したわけではなく、200年以上にわたり、自らの文化と生活様式を守り抜くために戦い続けたのです。