オセアニアの歴史

アメリカは日本のオーストラリア侵攻を阻止したのか?歴史資料が語る真実

「アメリカはなぜ日本によるオーストラリア侵攻を阻止しようとしたのか」という問いには、実は重要な前提の誤りがあります。歴史学の記録や研究によれば、第二次世界大戦中、日本政府・軍部はオーストラリアへの本格的な上陸侵攻を正式に決定したことがなく、それを阻止するためのアメリカの具体的な動きがあったことを示す史料も存在しないのです。

そもそも日本はオーストラリアを侵略する予定だったのか?

1942年初頭、連戦連勝を重ねた日本海軍内部では、オーストラリア北部の一部を占領して連合国の反撃拠点を奪うべきだという意見が出されました。しかし、当時の日本陸軍は中国戦線や満洲に大部隊を拘束されており、遠征に必要な兵力(少なくとも10個師団規模と試算された)を割くことは不可能として強く反対しました。

結局、大本営はオーストラリア本土への直接侵攻を見送り、代わりにポートモレスビーやフィジー、サモアなどを占領してオーストラリアとアメリカ間の補給線を切断する「FS作戦」を検討しました。つまり、目標はあくまで「侵略」ではなく「孤立化」だったのです。

アメリカとオーストラリアが取ったのは「阻止」ではなく「迎撃」

日本の南下の動きに対し、アメリカとオーストラリアは1942年5月の珊瑚海海戦でポートモレスビー攻略の日本艦隊を撃退しました。さらに、ココダ・トレイルの戦いやガダルカナル島の戦いを通じて日本軍の南東方面への進出を食い止めています。これらは「オーストラリア侵攻の阻止」というよりも、日本軍の進出に対する防衛・反攻作戦と位置づけられるものです。

まとめ

「アメリカが日本のオーストラリア侵攻を阻止しようとした」という説には確固たる史料的裏付けがありません。なぜなら、日本自身がオーストラリア全面侵攻を実行に移すことを決めたことがないからです。ただし、日本軍の進出を自国への脅威と見なした連合国側が、珊瑚海海戦などで迅速に対応したのは事実であり、そこには米豪両国の緊密な軍事協力の歴史が刻まれています。