オセアニアの歴史

ハワイはパリ条約に署名したのか?歴史的背景をわかりやすく解説

ハワイはパリ条約に署名したのか?

結論から言うと、ハワイ王国はパリ条約に署名していません。パリ条約は1763年にイギリス・フランス・スペインの3か国の間で締結された条約であり、ハワイ王国はこの外交プロセスに一切関与していなかったのです。

1763年のパリ条約とは

パリ条約(1763年)は、1756年から1763年にかけて戦われた七年戦争の講和条約として締結されました。この戦争は、イギリスとフランスを中心とした欧州列強が植民地や貿易覇権をめぐって争った大規模な紛争で、北米やインドなど世界各地が戦場となりました。

条約の結果、イギリスはカナダ(ヌーベルフランス)などを獲得し、世界最大の植民地帝国への道を歩むことになります。一方、フランスは北米における領土の大部分を失いました。

ハワイ王国との関係

当時のハワイ諸島は、まだ統一国家として確立される前後の時期でした。ハワイ王国が正式に統一されたのは1795年、カメハメハ1世による統一によってです。

つまり、1763年のパリ条約が締結された時点で、ハワイはヨーロッパ列強の紛争に巻き込まれることはなく、交渉の席にも署名者の列にも加わっていません。太平洋に位置するハワイにとって、欧州の戦争は地理的にも政治的にも無関係だったのです。

補足:「パリ条約」は複数存在する

「パリ条約」という名称の条約は歴史上いくつも締結されています。たとえば、1898年のパリ条約は米西戦争を終結させ、スペインがグアム・プエルトリコ・フィリピンをアメリカへ譲渡しました。ただしこの時点でも、ハワイはすでに同年7月にアメリカへ併合されていたため、やはり署名国ではありません。

このように、いずれのパリ条約においてもハワイが当事者となることはなく、ハワイ王国がパリ条約に署名したという事実は存在しない、というのが歴史の答えです。