オセアニアの歴史

マルコ・ポーロはアメリカ先住民の指導者だったのか?その正体と歴史的な実像を解説

結論から言うと、マルコ・ポーロがアメリカ先住民の指導者であったことはありません。彼は13世紀に活躍したヴェネツィア(現在のイタリア)出身の探検家・商人であり、アメリカ大陸とは一切関わりのない人物です。

マルコ・ポーロとはどんな人物?

マルコ・ポーロ(1254年頃~1324年)は、イタリアの水の都ヴェネツィアで生まれた商人です。彼は17歳の頃に父ニコロ、叔父マッテオとともにシルクロードをたどり、当時モンゴル帝国が支配していた中国(元)へと向かいました。

中国には約17年間滞在し、元の皇帝フビライ・ハンに仕えたと伝えられています。帰国後、獄中で口述した旅行記『世界の記述』(東方見聞録)は、ヨーロッパの人々に東洋の豊かさを知らせ、後のコロンブスの航海にも大きな影響を与えたことで知られています。

なぜ「アメリカ先住民の指導者」という誤解が生じるのか

このような誤解が生じる理由として、以下の点が考えられます。

  • 時代の混同: マルコ・ポーロが活躍した13世紀当時、ヨーロッパ人はまだアメリカ大陸の存在を知りませんでした。
  • コロンブスとの関連: コロンブスはマルコ・ポーロの旅行記に影響を受け、アジアを目指して航海した結果、偶然アメリカ大陸に到達しました。両者の名前が一緒に語られることで混乱が生じることがあります。
  • 名前の取り違え: アメリカ先住民の歴史における指導者たち(例えばシッティング・ブルやジェロニモなど)と混同されるケースもあるようです。

マルコ・ポーロとアメリカ先住民の関係

マルコ・ポーロはイタリア生まれであり、アメリカ大陸を訪れた記録は一切ありません。彼の旅の舞台は主に中央アジア、中国、東南アジアなどであり、アメリカ先住民の文化や社会との接点は皆無です。

アメリカ先住民の指導者といえば、北米ではラコタ族のシッティング・ブルやクレイジー・ホース、アパッチ族のジェロニモなどが有名ですが、これらはいずれも19世紀の人物であり、マルコ・ポーロとは時代も地域もまったく異なります。

まとめ

マルコ・ポーロはアメリカ先住民の指導者ではなく、13世紀のヴェネツィア出身の探検家・商人です。シルクロードを経由して中国まで旅し、その体験を綴った『東方見聞録』によって歴史に名を残しました。アメリカ大陸や先住民文化との直接的なつながりはないため、この点を混同しないよう注意しましょう。