オセアニアの歴史

第一次世界大戦で寝返った国はどこ?オスマン帝国の歴史と参戦の経緯を解説

第一次世界大戦中に「寝返った国」として最もよく知られているのは、三国同盟の一員でありながら連合国側についたイタリア王国です。一方、大戦の行方を大きく左右したもう一つの重要な国家が、中央同盟国側で参戦したオスマン帝国です。ここでは、その歴史と参戦の背景を詳しく見ていきましょう。

オスマン帝国とはどんな国?

オスマン帝国は、オスマン・トルコ人、あるいは単にトルコ人とも呼ばれる人々が支配した国家です。1299年の建国以来、約600年間にわたって存続し、アナトリア(小アジア)を起点として、中東、バルカン半島、北アフリカへと領土を拡大していきました。

最大の特徴は、ヨーロッパ・アジア・アフリカという三大陸にまたがる広大な領土を支配した点にあります。オスマン帝国は、こうした広大な地域を統治した最後の偉大なイスラム帝国とされています。1453年のコンスタンティノープル(現イスタンブール)陥落以降は東ローマ帝国の継承者として君臨し、16世紀のスレイマン大帝の時代に最盛期を迎えました。

第一次世界大戦への参戦

1914年の大戦勃発当時、オスマン帝国は「東洋の病」と呼ばれるほど国力が衰退していました。それでもドイツとの軍事的な結びつきを強め、同年10月末に黒海のロシア艦隊を攻撃したことを機に、ドイツやオーストリア=ハンガリーなどの中央同盟国側として参戦しました。

帝国はダーダネルス海峡を封鎖してロシアへの補給路を断ち、1915年のガリポリの戦いでは連合軍を撃退するなど、予想を上回る奮闘を見せました。しかし、長期化する戦争は国力を疲弊させ、アラブ反乱の発生も重なって帝国は次第に追い詰められていきます。そして1918年の大戦終結とともに敗北し、講和条約の過程で領土を分割されるなか、1922年に帝国は正式に消滅しました。

まとめ

第一次世界大戦での「寝返り」といえば連合国側に付いたイタリアが有名ですが、オスマン帝国も大戦の帰趨を左右した重要な参战国でした。三大陸にまたがる最後のイスラム大帝国として栄華を極めたオスマン帝国は、この大戦を機に歴史の表舞台から姿を消すこととなったのです。