第5号制度法(Ato Institucional nº 5、通称AI-5)は、1968年12月13日に発布され、当時のアルトゥール・ダ・コスタ・エ・シルヴァ大統領が署名しました。この法令は、ブラジルにおける軍事独裁政権期(1964年~1985年)の中で最も過酷な段階の始まりを画するものでした。
AI-5発布の直接の引き金となったのは、下院議員マルシオ・モレイラ・アウヴェス(1936年~2009年)が提案した、軍部へのボイコット(非協力)呼びかけでした。
AI-5の概要
AI-5の発布により、大統領は以下のような強大な権限を獲得しました。
- 連邦・州・市町村レベルの議員や行政職の公職辞職命令(解任)
- 市民の政治権利の停止、文官・軍人公務員の免職・追放・強制退職
- 裁判官の罷免・解任
- 地域の制限なしに戒厳令(包囲状態)を宣言すること
- 汃職への懲罰として資産を没収すること
- 大統領令による立法および他の制度法の発布
一般市民の権利については、AI-5は最も基本的な市民的自由をも侵害しました。
- 国家安保に反する罪で起訴された者から、人身保護請求権(habeas corpus:裁判中の一時的釈放措置)を奪った
- 被告人は上訴権を持たないまま、軍法会議で審理されることになった
AI-5が発布された同じ日、コスタ・エ・シルヴァ大統領は連邦議会、州議会、市議会を閉鎖しました。同時に、警察と国軍を待機状態に置いています。
関連記事:ブラジルの軍事独裁政権(1964年~1985年)
AI-5の帰結
AI-5の発布により、ブラジル独裁政権で最も弾圧が激化した時期、いわゆる「鉛の時代」が始まりました。
独裁政権への抵抗は拡大し、学生や中産階級の人々も運動に加わっていきました。しかし軍政は、クーデターの遠因となった経済危機に対し、社会が求める対応を実現できませんでした。
労働者たちは賃金切り下げに抗議するデモを組織するようになりましたが、これらの行動は警察によって徹底的に弾圧されました。
多くの反対運動は地下へ潜らざるを得なくなりました。さらに一部の活動家は、外交官の誘拐や銀行強盗といった暴力的な手段で独裁政権と闘う道を選びました。
VPR(人民革命先鋒隊)やALN(民族解放行動)といった武装ゲリラによる抵抗も展開され、1970年代には、アラグアイ地方での農村ゲリラ蜂起の試みもありました。
AI-5がようやく廃止されたのは、エルネスト・ガイゼル政権下でのことでした。ガイゼル大統領は、ブラジルはすでに「共産主義の脅威」から解放されたと判断したのです。
関連記事:表現の自由
制度法とは

第5号制度法は、ブラジル軍事独裁政権が適用した一連の措置の一部です。
ブラジルの独裁体制は、これらの法令、1967年憲法、そして反対者への強力な弾圧によって、権力の維持を図りました。
制度法とは、行政府が策定した法律であり、他のあらゆる法律や規範よりも上位に位置づけられていました。国家安全保障会議の後押しを受けた独裁政権は、合計17の制度法を発布しています。
ここでは、最初の4つを見ていきましょう。
第1号制度法
軍事政権による最初の制度法は、1964年4月9日に発布されました。このとき連邦議会が招集されて新大統領の選出が行われ、ウンベルト・カステロ・ブランコ将軍が選ばれました。
この制度法は行政府に広範な権限を与え、戒厳令の宣言、最大10年間にわたる市民の政治権利の停止が可能となりました。
さらに、政治的公職の剥奪、憲法的保障の停止、公務員の解任・退職・転任なども認められました。
この法律により、41名の下院議員の当選が無効とされました。
第2号制度法
軍部の行動に対する国民の反応は、主に投票行動という形で表れました。1965年の州知事選挙では、与党候補が11の州で敗北しました。
政府はこれを受けて、同年10月27日に第2号制度法を発布し、大統領選挙を間接選挙方式に変更しました。
同時に既存の政党は解散させられ、与党のARENA(全国革新同盟)と野党のMDB(ブラジル民主運動党)という2政党制の創設が定められました。
また、市民の裁判は軍事司法へ移管されました。
第3号制度法
1966年2月に発布され、州知事選挙を間接選挙とすることを決定しました。
第4号制度法
1966年にはコスタ・エ・シルヴァ将軍が大統領に選出され、1946年憲法は失効しました。
第4号制度法により、1967年1月24日、新しい憲法案を作成するための委員会が招集されました。こうして成立した新憲法は、1967年3月、コスタ・エ・シルヴァの就任とともに施行されました。
関連記事:1967年憲法
豆知識
- AI-5発布当時の世相を伝えるものとして有名なのが、1968年12月14日付の「ジャーナウ・ド・ブラジル」紙です。真夏であるにもかかわらず、天気予報欄には「天候は暗雲。気温は蒸し暑く息苦しい。空気は呼吸できないほど悪く、国全体が強風に吹き荒らされている」と記されていました。
- フロレスタン・フェルナンデスやフェルナンド・エンリケ・カルドーゾといった大学教員をはじめ、多くの専門家がAI-5によって強制退職処分を受けました。
さらに読む:
- ダイレトス・ジャ(直接選挙要求運動)
- ブラジルの経済奇跡
- 軍事独裁政権期の音楽
- ジルマ・ルセフ
- コンドル作戦
- 軍事独裁政権に関するクイズ