南アメリカの歴史

デロス同盟とは?アテネが率いたペルシア対抗の古代ギリシャ都市国家連合

デロス同盟の結成背景

紀元前478年、ペルシア帝国の脅威に対抗するため、古代ギリシャのポリス(都市国家)たちによって「デロス同盟」が結成されました。これは、紀元前480年のサラミス海戦や紀元前479年のプラタイアの戦いなど、ペルシア戦争でギリシャ側が勝利を収めた直後の出来事です。戦争は終わったものの、ペルシアの再侵攻に備える必要性は依然として高く、エーゲ海周辺のギリシャ諸都市にとって同盟の結成は切実な課題でした。

アテネの主導とデロス島という拠点

当初、同盟の指導権は強大な陸軍力を持つスパルタに打診されましたが、スパルタは海外遠征への関与を避けてこれを辞退しました。その結果、優れた海軍力を誇るアテネが盟主の座に就くことになります。同盟の本部はエーゲ海中央部にある聖なる島・デロス島に置かれ、ここには各加盟国からの貢納金(フォロス)を保管する共同金庫も設置されました。「デロス同盟」という名称は、この本部所在地に由来しています。

加盟国の義務

加盟都市国家は、自前の軍艦と兵士を提供して艦隊に参加するか、あるいは資金を拠出するかのいずれかを選ぶことができました。小規模なポリスの多くは資金提供を選び、この財源によってアテネは大規模な海軍を維持・拡充していきました。

同盟の目的

デロス同盟の主な目標は次の二つでした。

・加盟国をペルシアの再侵略から守ること
・いまだペルシアの支配下に置かれているギリシャ系都市を解放すること

実際、同盟軍はエーゲ海や小アジア沿岸でペルシア勢力と戦い、いくつものギリシャ都市を解放することに成功しました。

同盟のその後の変質

しかし、時が経つにつれて同盟の性格は変化していきます。紀元前454年には同盟の金庫がデロス島からアテネへ移され、貢納金は事実上アテネの国庫として扱われるようになりました。やがて同盟は対等な相互防衛の組織から、アテネが他のポリスを支配する「アテネ海上帝国」へと変貌を遂げていきます。この変化は、スパルタを盟主とするペロポネソス同盟との対立を深め、最終的にはペロポネソス戦争(紀元前431年〜同404年)へとギリシャ世界を導く一因となりました。