北米におけるイギリス人による最初の恒久的な定住地は、バージニア植民地のジェームズタウン(Jamestown)です。1607年、ロンドン会社(バージニア会社)によって建設されました。
ジェームズタウンの設立
1606年、イングリット国王ジェームズ1世から勅許を得たロンドン会社は、北米への植民活動を開始しました。翌1607年5月、約100名の入植者たちが3隻の船に分乗してチェサピーク湾に到着し、ジェームズ川沿いの半島状の土地に入植地を築きました。この土地がジェームズタウンであり、地名も国王ジェームズ1世にちなんで名付けられました。
過酷な初期の苦難
入植当初のジェームズタウンは、きわめて厳しい状況に置かれていました。
- 飢饉と病気:湿地帯に位置していたためマラリアなどの病気が流行し、食料不足による「飢餓の時代(Starving Time)」と呼ばれる危機も発生しました。
- 先住民との対立:ポウハタン連邦などの先住民族との関係は、協力と衝突を繰り返しました。
- 高い死亡率:初期の入植者の多くが数年以内に命を落としたとされています。
しかし、ジョン・スミスの指導力や先住民の少女ポカホンタスらとの交流、そして後のトウモロコシ栽培技術の導入などにより、入植地は存続への道を見出していきました。
タバコ栽培と南部植民地の発展
1610年代、ジョン・ロルフが高品質なタバコの栽培に成功したことが転機となりました。タバコはヨーロッパで高い需要を誇る換金作物となり、ジェームズタウン経済を大きく発展させました。これに伴い、大規模プランテーションの経営形態が広まり、後に南部植民地の社会・経済を特徴づける基盤が形成されていきました。
アメリカ史における意義
ジェームズタウンは、ニューイングランドのプリマス(1620年)よりも13年早く建設された、イギリス領北米最初の恒久植民地です。1619年には代議制議会の原型となるバージニア議会が招集され、アメリカ民主主義の原点の一つともされています。
現在、ジェームズタウン跡地は歴史公園として整備され、アメリカ建国の原点をたどる重要な史跡として多くの観光客が訪れています。