はじめに
アメリカ合衆国の歴史には、特定の民族や国籍の人々の移住を制限・排除する反移民政策が数多く存在してきました。本記事では、その中でも特に重要な二つの法律、「1882年中国人排斥法」と「1924年移民法」について詳しく解説します。
1. 中国人排斥法(1882年)
1882年に成立した中国人排斥法(Chinese Exclusion Act)は、中国系労働者のアメリカ合衆国への移民を10年間にわたり全面的に禁止する法律でした。この法律は1892年に更新され、さらに1902年には恒久化されています。
中国人排斥法は、アメリカ史上最も差別的な法律の一つとされています。その根拠となったのは、「中国系移民は白人アメリカ人よりも劣っており、アメリカ人労働者の仕事を奪うだろう」という人種差別的な考え方でした。この法律の結果、数千人規模の中国系移民がアメリカから強制的に追放される事態となりました。
2. 移民法(1924年)
1924年移民法(通称ジョンソン=リード法)は、国民別割当制度を確立し、各国から毎年アメリカに入国できる移民の人数を制限しました。割当枠は、1920年の国勢調査における米国人口の出生地構成に基づいて設定されました。
この法律は、北欧・西欧諸国出身の移民と比べて「望ましくない」とみなされていた東欧・南欧出身の移民に対し、著しい差別をもたらしました。さらに、帰化資格を持たない外国人の入国を排除する仕組みが導入されたことで、移民がアメリカ市民として帰化する道も大きく狭められました。
まとめ
これら二つの法律は、人種的・民族的偏見が国家の移民政策として制度化された歴史的な例です。こうした制度は1965年の移民国籍法によって廃止されましたが、アメリカ社会に与えた影響は長く残り続けました。