南アメリカの歴史

砂糖法は「容認できない諸法」より前に制定されましたか?

砂糖法と容認できない諸法、どちらが先?

結論から言うと、砂糖法(Sugar Act)は容認できない諸法(Intolerable Acts)よりも約10年早く制定されています。両者の制定時期を見ていきましょう。

砂糖法とは

砂糖法は1764年4月5日にイギリス議会で成立した法律です。北米植民地に輸入される糖蜜などの関税に関わるもので、税率の調整とともに徴収の徹底が図られました。アメリカ独立戦争へとつながる一連の植民地課税政策の中でも、初期の重要な措置の一つとされています。

容認できない諸法とは

一方、容認できない諸法は1774年にイギリス議会で成立した一連の法律です。1773年のボストン茶会事件に対する報復として制定されたもので、ボストン港の閉鎖など、マサチューセッツ植民地に対して非常に厳しい措置が含まれていました。

まとめ

砂糖法が1764年、容認できない諸法が1774年に制定されているため、砂糖法の方が先に施行されたことになります。両者は約10年の時差をもって、アメリカ植民地とイギリスの対立を深めていったのです。