南アメリカの歴史

ジョージア植民地は当初奴隷制度を禁止していた?その歴史をわかりやすく解説

はい、ジョージア植民地は設立当初、奴隷制度を禁止していました。1732年にイギリス国王ジョージ2世の勅許状に基づいて設立されたジョージア植民地では、創設者のジェームズ・オグルソープ率いる受託者(トラステイ)が、奴隷制度の禁止を植民地運営の基本方針として定めていました。

当初の奴隷制度禁止の方針

オグルソープと受託者たちは、ジョージアを「勤勉な小自作農による理想の植民地」として建設することを目指していました。そのため、大農園経済の基盤となる奴隷制だけでなく、ラム酒の輸入なども禁止し、自由な労働者による開拓を推進する政策を採用していました。

1750年、方針の転換と奴隷制の合法化

しかし、サウスカロライナなどの周辺植民地との経済競争が激化する中で、入植者たちから奴隷制容認を求める強い要望が高まり、当初の方針を維持することが次第に困難になりました。1750年、受託者たちは奴隷制を認める法律を可決し、翌1751年から実際に施行されました。これ以降、ジョージアではプランテーション経済が急速に拡大していきました。

1865年、奴隷制度の終焉

こうして合法化されたジョージアの奴隷制度は、その後100年以上にわたって続きました。1861年にはジョージアがアメリカ合衆国からの脱退に加わり、南北戦争が勃発します。そして戦争終結後の1865年、アメリカ合衆国憲法修正第13条が批准され、合衆国全土で奴隷制度が正式に廃止されました。

まとめると、ジョージア植民地は設立当初こそ奴隷制度を禁止していたものの、1750年に方針を転換して合法化し、以降は1865年の憲法修正第13条による廃止まで、奴隷制が法的に認められた状態が続いたのです。