1787年フィラデルフィア憲法制定会議の概要
1787年5月から9月にかけてペンシルベニア州フィラデルフィアで開催された憲法制定会議では、代議員たちが数々の重要な問題や提案について採決を行いました。ここでは、会議の行方を左右した主要な論争とその結果について詳しく見ていきます。
1. バージニア案 対 ニュージャージー案
バージニア案は、人口に比例した議席配分による二院制議会、強力な行政部門、そして独立した司法府の設立を提唱しました。これに対してニュージャージー案は、各州が平等な代表権を持つ一院制議会と、権限の弱い複数の行政長官による執行体制を主張しました。
会議では激しい対立の末、最終的に両案の要素を組み合わせた形が採用されることになりました。
2. 「五分の三妥協」
この妥協は、奴隷を人口統計にどのように算入するかという難題に対処するために設けられました。具体的には、下院の議席配分および直接税の割り当てを決める際、奴隷化された人口の五分の三を州の人口として算入することが定められました。これは当時の北部諸州と南部諸州の利害を調整するための苦渋の選択でした。
3. 選挙人団制度の創設
代議員たちは、大統領と副大統領を選出する仕組みとして選挙人団(Electoral College)制度の創設を決議しました。各州には、連邦議会における下院議員と上院議員の合計数に等しい人数の選挙人が与えられることになりました。この制度は現在のアメリカ合衆国にも引き継がれています。
4. 大妥協(コネチカット妥協)
この妥協により、連邦議会における大州と小州の代表権をめぐる深刻な対立が解決されました。人口に基づいて議席が配分される下院と、すべての州が平等な代表権を持つ上院からなる二院制議会が創設されたのです。この枠組みは「グレート・コンプロマイズ」とも呼ばれ、憲法制定の大きな転換点となりました。
5. 奴隷貿易問題
会議では、1808年まで連邦政府が奴隷貿易を廃止することを禁じる一方で、個々の州が独自に廃止することは認めるという規定が設けられました。この条項は、奴隷貿易に大きく依存していた南部諸州への譲歩であり、後の歴史に大きな影響を残すことになりました。
6. 憲法の批准
新憲法の発効には、少なくとも9つの州による批准が必要とされました。各州は相次いで憲法を批准し、最初の批准州は1787年12月7日のデラウェア州でした。そして最後に批准したのは、1790年5月29日のロードアイランド州です。こうして13州すべてが憲法を承認し、新しい連邦国家への道が開かれました。