無効化危機とは何だったのか
サウスカロライナ州が連邦(合衆国)からの脱退を公然と示唆したのは、1832年に勃発した「無効化危機(Nullification Crisis)」においてでした。この危機の発端となったのは、連邦政府が輸入品に関税を課して徴収しようとしたことです。サウスカロライナ州はこの関税政策を憲法違反であるとみなし、強く反発しました。
同州は「各州には、違憲と判断した連邦法を無効化する権利がある」「連邦政府に関税を徴収するために武力を行使する権利はない」と主張し、中央政府との対立を深めていきました。
ジャクソン大統領の強硬な対応
サウスカロライナ州の強硬な姿勢に対し、時の大統領アンドリュー・ジャクソンは布告を発し、必要とあらば武力をもってでも関税を徴収すると宣言しました。さらに、法律を確実に執行するため、軍隊をサウスカロライナ州へ派遣しています。
一触即発の緊張が続きましたが、最終的には関税率を引き下げる妥協案が提示され、サウスカロライナ州にも面子を保たれる形で危機は収束しました。
無効化危機の歴史的意義
無効化危機は、連邦政府と州の関係というアメリカ政治の根幹に関わる重大な問題を提起した出来事として、アメリカ史の中で特別な位置を占めています。また、この危機は民主党と共和党の形成・発展にも影響を与えました。民主党は連邦政府による関税徴収の権利を支持し、共和党は州が連邦法を無効化できる権利を擁護するなど、両党の対立軸がここで明確になったのです。
さらに注目すべきは、サウスカロライナ州が連邦脱退に言及したのはこの時だけではないという点です。同州は1861年にも再び脱退を決断し、それが南北戦争(米国南北戦争)勃発の直接の引き金となりました。無効化危機は、その悲劇的な対立の予兆であったとも言えるでしょう。