共産主義への恐怖が、19世紀のアメリカによるラテンアメリカ外交政策の動機となることはありませんでした。その理由は、この時代には共産主義思想がまだ存在していなかったからです。当時のアメリカの主な関心事は、領土拡張、経済的利益の追求、そして政治的安定の維持にありました。
共産主義思想はまだ誕生していなかった
マルクスとエンゲルスが『共産党宣言』を発表したのは1848年のことですが、共産主義が国際政治における重大な脅威として認識されるようになったのは、1917年のロシア革命以降、すなわち20世紀に入ってからです。したがって、19世紀のアメリカの外交政策立案者にとって、「共産主義の封じ込め」という発想は、そもそも考慮の対象にすらなり得ませんでした。
19世紀のアメリカがラテンアメリカで重視した三つの関心
では、当時のアメリカはラテンアメリカにおいて何を優先していたのでしょうか。その関心は大きく以下の三点に集約されます。
1. 領土拡張
「明白な天命(マニフェスト・デスティニー)」という理念のもと、アメリカは北米大陸における領土拡張を積極的に推し進めました。テキサス併合や米墨戦争(1846年〜1848年)に見られるように、ラテンアメリカ諸国との関係は領土的野心と密接に結びついていました。
2. 経済的利益
貿易の拡大、投資機会の確保、天然資源へのアクセスなど、経済的利益の追求が政策の大きな柱でした。中南米は、成長するアメリカ産業にとって重要な市場であり、原料供給地とみなされていたのです。
3. 政治的安定の維持
1823年に打ち出されたモンロー主義に象徴されるように、ヨーロッパ列強による新たな干渉や再植民地化を防ぎ、西半球の政治的安定を保つことが、アメリカの地域戦略の中核をなしていました。
まとめ
共産主義への警戒が米国外交政策の中心的な動機となるのは、第二次世界大戦後の冷戦期に入ってからのことです。19世紀のアメリカのラテンアメリカ政策は、あくまで領土拡張・経済的利益・政治的安定という、より伝統的な国家目標によって動かされていたといえるでしょう。