1920年代のアメリカにおいて、禁酒法の影響を受けなかった州は一つも存在しませんでした。合衆国憲法修正第18条によって施行された禁酒法は、アルコール飲料の製造・流通・販売を禁止する全国規模の法律であり、すべての州に等しく適用されました。
禁酒法とはどのような制度だったのか
禁酒法(プロヒビション)は、1920年1月17日に発効した合衆国憲法修正第18条と、その施行細則である「ボルステッド法」に基づいて運用されました。これにより、酒類の製造、販売、輸送が連邦政府のレベルで全面的に禁止されることになりました。
なぜ全国一律だったのか
憲法修正条項は合衆国憲法そのものの一部として追加されるため、特定の州だけが例外となることはできません。州ごとの判断や独自の免除は認められず、全土が同一の規制の下に置かれました。
禁酒法の影響とその後
禁酒法は飲酒を根絶するどころか、密造酒の横行やギャングによる組織犯罪の拡大といった予期せぬ副作用を生みました。こうした問題が深刻化した結果、1933年に批准された憲法修正第21条によって禁酒法はついに廃止され、アメリカ史上唯一の憲法修正条項の撤回となりました。