米国憲法に「共通善」と「個人の権利」を直接比較する条項はない
結論から述べると、アメリカ合衆国憲法の中には、共通善(コモン・グッド)と個人の権利を直接比較・対比して論じている特定の条項は存在しません。両者の関係は、憲法の複数の箇所に分散して示される理念や、その後の解釈を通じて間接的に扱われています。
憲法前文に見られる「一般福祉」の理念
ただし、憲法の前文(Preamble)には「正義を樹立し、国内の平穏を保障し、共同の防衛に備え、一般福祉(general Welfare)を増進し、私たちと子孫の自由をもたらす」という有名な文言があります。この「一般福祉」の概念は、共通善の考え方に近いものとして広く解釈されています。
個人の権利は権利章典によって保障
一方、個人の権利については、1791年に批准された権利章典(Bill of Rights、修正第1条〜第10条)において、言論の自由、信教の自由、報道の自由、正当な裁判手続などの基本的な自由が明確に保障されています。さらに修正第9条は「憲法に列挙された権利の一部を否定しても、人民が保有するその他の権利まで否定されるものではない」と定めており、個人の権利を重視する姿勢がうかがえます。
二つの価値の緊張関係は判例や学問の領域で
共通善と個人の権利のどちらを優先すべきかという問題は、憲法本文に明文化されたものではなく、最高裁判所の判例や政治哲学・憲法学の議論の中で繰り返し検討されてきました。たとえば、公共の安全のための規制と個人の自由との衝突といった課題は、司法審査の場で事案ごとに判断されています。
まとめ
米国憲法には、共通善と個人の権利を直接比較する専用の章や条項はありません。両者の関係は、前文の「一般福祉」、権利章典による権利保障、そして裁判所による憲法解釈を通じて、間接的に扱われているのが実情です。