南アメリカの歴史

南北戦争後、南部の白人たちはどのような態度をとったのか?

南北戦争(アメリカ内戦)が終結した後、南部の白人たちは決して一枚岩ではなく、さまざまな態度や反応を示しました。ここでは、その代表的な6つの類型を紹介します。

1. 憤りと苦々しい感情

多くの南部白人は、敗北と奴隷制の廃止に対して北部への強い憤りを抱いていました。彼らは戦争を「州の権利に対する侵略」とみなし、奴隷とされたアフリカ系アメリカ人の解放を、自らの財産・富そして社会的ヒエラルキーの喪失と捉えていました。

2. プライドと抵抗

一部の南部白人は頑強に抵抗し続け、戦前の南部(アンテベラム期)の文化的価値観を守ろうとしました。彼らはしばしば南部連合のシンボルを掲げ、社会秩序の変革に抵抗しました。こうした感情は、クー・クラックス・クラン(KKK)のような団体の結成という形で現れることもありました。同団体は、アフリカ系アメリカ人や再建(リコンストラクション)政策を支持する白人に対して、暴力や脅迫を行いました。

3. 融和と順応

南部白人の一部は戦争の結果を受け入れ、戦前の体制の多くの側面を維持しながら、生活の再建を図ろうとしました。彼らは新しい法律には従う姿勢を見せた一方で、アフリカ系アメリカ人に実質的な政治的権力を譲ることには強く抵抗しました。

4. 変革と改革

また一部の南部白人は、再建政策を支持し、南部社会の変革を提唱しました。彼らはアフリカ系アメリカ人への教育や機会の提供を推進し、人種統合に向けて尽力しました。このグループは戦後の南部では少数派でしたが、その努力は長期的な公民権運動の礎の一つとなりました。

5. 移住

相当数の南部白人は、戦後に他の州へ移住する道を選びました。その動機となったのは、経済的困経済的困窮、プランテーションの喪失、そして変わりゆく社会環境でした。多くの南部人はテキサスやオクラホマといった西部の地域へ移り、その他の人々は国内各都市の都市部へと向かいました。

6. 経済的適応

プランテーション経済が崩壊する中、南部白人は農業の在り方を適応させることを余儀なくされました。多くの人々は小規模農場への転換、栽培作物の多様化、労働形態の見直しへと移行しました。しかし、プランテーション制度が南部の経済と社会に深く根付いていたため、この転換は非常に困難な挑戦となりました。

おわりに

注目すべきは、これらの態度が相互に排他的なものではなく、南部白人社会の中でも個人ごとに異なる組み合わせで表れたという点です。南北戦争後の時代は、複雑かつ絶えず変化する社会・経済・政治的な情勢に特徴づけられており、南部白人たちの態度も時代とともに変遷していきました。