1820年のミズーリ妥協は、奴隷制擁護派と反対派が激しく対立していたアメリカ合衆国議会において、新たに獲得したルイジアナ準州における奴隷制問題を解決するために合意された協定です。この妥協により、ミズーリが奴隷州として、メインが自由州として連邦に加盟することが認められました。さらに、ルイジアナ準州の残りの地域については北緯36度30分線を境界とし、その以北で奴隷制を禁止する地理的な線引きが設けられました。
ミズーリ妥協の長所
1. 内戦を一時的に回避できた
奴隷制問題について中間的な着地点を見出すことで、ミズーリ妥協は北部と南部との全面衝突を回避する助けとなりました。当時、新州の連邦加盟をめぐる対立は先鋭化しており、国家分裂の危機すら囁かれていましたが、この妥協によって事態はひとまず収束しました。
2. 自由州と奴隷州の地理的境界線を確立した
どこで奴隷制が認められ、どこで禁止されるのかという基準が明確になったことで、国にある程度の安定性がもたらされました。この線引きはその後30年以上にわたり、新たな州の加盟をめぐる論争の基本的な枠組みとして機能することになります。
3. 北部が力を強化する時間を稼げた
北部は人口の増加と経済の発展に伴い、奴隷制への反対の声を強めていきました。この妥協は、北部が勢力を蓄え、やがて全国的な奴隷制廃止へとつながる道筋を作るための貴重な時間を与えることになりました。
ミズーリ妥協の短所
1. 奴隷制という根本問題を解決できなかった
ミズーリにおける奴隷制問題を一時的に収めたものの、アメリカ合衆国における奴隷制度そのものを廃止することはできませんでした。国家の根幹に関わる矛盾は、そのまま先送りされたのです。
2. 虚偽の安心感をもたらした
この妥協により、多くの人々は奴隷制問題が解決済みであると信じ込むようになりました。しかし現実には、奴隷制は依然として国家を深く分裂させる重大な争点でした。こうした自己満足的な空気が問題をこじらせ、後の南北戦争勃発の一因となりました。
3. 地域間の対立を強化した
この妥協は、奴隷制問題をめぐって南北それぞれの地域がますます極端化していく中で、北部と南部の分裂をいっそう深める結果となりました。妥協の成立過程そのものが、地域主義の台頭を象徴する出来事でもあったのです。
4. 無効化の危機を招いた
この妥協は、連邦政府に自らの権利を侵害されていると感じた南部諸州から強い反発を引き起こしました。その結果、一部の州が「奴隷制問題での自治を連邦政府が尊重しなければ連邦脱退も辞さない」と脅す、いわゆる無効化の危機(Nullification Crisis)へと発展することになりました。
まとめ
総じて、ミズーリ妥協にはプラスとマイナス両面の影響がありました。内戦の勃発を遅らせ、一時的な安定をもたらした一方で、奴隷制という根本問題には対処できず、最終的には南北戦争へとつながる南北間の緊張を高める一因となりました。歴史的に見れば、根本的な対立を先送りにした「時限的な和解」だったと言えるでしょう。