「大妥協」とは何だったのか
「大妥協」(グレート・コンプロマイズ)は、別名「コネチカット妥協」とも呼ばれる、1787年夏にペンシルベニア州フィラデルフィアで開催された合衆国憲法制定会議において採択された重要な合意の一つです。当時、人口の多い州と少ない州の間で連邦議会の議席配分方法をめぐって激しい対立があり、この妥協案によってその争いにようやく決着がつきました。
対立していた2つのプラン
人口の多いバージニア州などが主張した「バージニア・プラン」では、各州の人口に比例して議席を配分することが求められました。一方、人口の少ないニュージャージー州などが支持した「ニュージャージー・プラン」では、州の規模にかかわらずすべての州に平等な投票権を与えることが主張されていました。この対立は会議を停滞させるほど深刻でした。
妥協の内容:二院制議会の創設
コネチカット州のロジャー・シャーマンらが提案した妥協案は、両プランの長所を組み合わせたものでした。すなわち、二院制の連邦議会を創設し、それぞれの院に異なる代表方式を採用したのです。
- 上院(Senate):州の大小にかかわらず、各州が同数の議席(現在は各州2議席)を持つ
- 下院(House of Representatives):各州の人口に応じて議席数が配分される
この結果、各州は一方の院では平等の投票権を、もう一方の院では人口に比例した投票権を持つことになり、大小の州双方の利益が守られました。
アメリカ政治への影響
この妥協は憲法制定会議最大の転換点となり、その後の憲法批准への道を開くきっかけとなりました。今日でもアメリカ連邦議会はこの二院制を維持しており、「大妥協」は建国の父たちが深刻な対立を乗り越えて国家の枠組みを築き上げた象徴として語り継がれています。